もしも芥川賞から芥川龍之介の名前がなくなったらどうなるか?

児童文学遺産賞を運営する児童図書館サービス部会のWEBサイト。

 

2018年6月、「ローラ・インガルス・ワイルダー賞(通称・ワイルダー賞)」というアメリカの文学賞が、「児童文学遺産賞」に改称されました。同賞は、『大草原の小さな家』で知られる作家ローラ・インガルス・ワイルダー(1867〜1957年)の功績をたたえ、1954年に創設されたものです。改称になった理由は、ローラ氏の作品に、人種差別的な表現が含まれていたからです。

 

ワイルダー賞を運営する米国図書館協会によると、「現代の価値観から見ると人種差別的表現が含まれていることから、人種や思想を超えた包摂性や統合、互いへの敬意や配慮といったALSC(※)の根幹をなす価値観に鑑みた結果」だそうです。

※児童図書館サービス部会(ALSC)

 

あくまで一機関の決定とはいえ、現在の価値基準に則って、文学賞の名称から作家名が排除されたこの事例から、同様のことが日本においても発生する可能性を否定できなくなりました。

 

そこで今回は、日本で最もよく知られている文学賞の一つである芥川龍之介賞(通称・芥川賞)が、彼の名を含まない名称に改称されたと仮定して、「文学賞の名称から作家名が排除されること」の影響について考察していきます。

 

目次

芥川龍之介の知名度が低下する?

 

芥川賞が改称された場合の影響として、二つのことが考えられます。一つ目は、ある人の人生から芥川龍之介の名を知るきっかけが失われ、芥川龍之介の知名度が低下することです。

 

彼の著作は教科書にも掲載され、目に触れる機会が多いことから、現状では芥川龍之介を知らない日本人はいない、と言っても過言ではありません。しかし、芥川の作品が、このままずっと教科書に掲載されるとは限りません。書店の「日本の文豪フェア」などで、彼の著作を見かけることは多々ありますが、これらの努力も、悲しいかな書店に足を運ばない人には届かないでしょう。

 

人々が彼の名を知り、覚えている要因として、芥川賞の存在は大きいと思われます。文学賞は新人作家の発掘や功労賞的意味合いのほかに、著者の名前や作品を世に知らしめる意味合いも大きいのではないでしょうか。そして同時に、後世にまでその名を伝えていくことができる、非常に効果的なツールです。

 

筆者自身も、芥川賞を通じて繰り返し彼の名を見聞きしてきたことで、「そういえば昔、門の上で髪の毛を集める老婆の話を授業で読んだことがあったな」と思い出した経験があります。本を手に取るとき、「とりあえず名前を知っているから」という理由で、芥川の作品を選ぶ人も少なくないでしょう。もちろん、芥川の作品が好きだから、芥川賞受賞作を読んでみる人もいるはずです。

 

実際に選ぶか否かは重要ではなく、「選べる」という選択肢がその人のなかにあることが重要なのです。文学賞の改称は、こういった選択肢を奪ってしまう可能性があります。

 

日本における文学賞の名称変更の事例として、2019年、「講談社ノンフィクション賞」が「講談社 本田靖春ノンフィクション賞」へと改称されました。理由は、「本田さんご自身も第6回講談社ノンフィクション賞の受賞者であり、なにより現在活躍する数多のノンフィクションライターにとって、目標とする書き手の一人であると言えるため」だそうです。

 

今回扱っているものとは正反対の事例ですが、このことで初めて本田さんの名前を知った方もいるのではないでしょうか。筆者もその一人で、本を選ぶときの選択肢に本田さんの著作が入ったことを嬉しく思います。知らないというただそれだけで、自分にぴったりの作家に出会う可能性を低下させてしまうのは悲しいことです。

 

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