手づかみで食事、全身タイツでバク転…”日芸”こと日本大学芸術学部の日常もなかなかカオスなんです

東京藝術大学は日本最高峰の芸術家の卵が集うことで有名な学び舎。『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』は、藝大卒の奥様を持つ作家の二宮敦人先生が、5年間に渡り東京藝大を取材してできた探訪記です。

藝大生として過ごすのに一体どれだけのお金がかかるのか、その先にある進路はどうなのか。彫刻と工芸は実用性の有無で芸術か、そうでないかが決まるのか、など。面白いトピックに溢れていて、とても読み応えがありました。

対して日本大学芸術学部(以下日芸)は、一体、何をしている場所なんだろうと思いませんか? その名の通り芸術を学ぶ学部ではあるものの、東京藝大とは違い、あまり深堀りされることのない領域のような気がします。

日本大学と東京藝大を比べるというのも、なんとも無粋な話だとは思いますが、今回は筆者が所属する文芸学科について紹介します。

目次

日本大学芸術学部とは

日芸のキャンパスの外観

日芸は写真・映画・美術・音楽・文芸・演劇・放送・デザインの8つの学科で構成されています。

ゆえに、構内を歩けば非日常の連続です。カメラの前でマイクを構えている放送学科の学生もいれば、日光を照明に見立てて通し稽古を行う演劇学科の学生もいます。光る銀色の全身タイツを着てバク転をする謎の学生なんかの姿も。ランドセルを背負って通学してきている女学生たちもいました。小学生ではなく立派な日芸生です。

『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』には、「藝大の生協にはガスマスクが売っているのだ!」という一文がありますが、日芸の購買には画材や画集をはじめとして、初音ミクなどボーカロイドが売っています。最近では音声創作ソフトウェア「可不」も取り扱い始めたそうです。

日芸は一言で言えば、「非日常を日常的に見られる」とても稀有な環境なのです。

……じゃあ、文芸学科は?

人から「文芸学科とは何をしているの?」と聞かれると、ぶっちゃけ反応に困ります。うまく一言で言い表せないのです。大抵聞かれるのが「文学部と何が違うの」ということ。筆者が思うに、研究メインが文学部、創作メインが文芸学科です。

学科によって、年間の必修科目は大抵3~4つ、多ければ6つほどあります。しかし文芸学科はゼミのひとつだけ。4年間ゼミの単位さえ取れればどうにでもなってしまいます。

かくして、ついたあだ名は「あそぶんげい」。そんな風に揶揄されてしまう文芸学科の学生は、本当に自堕落な「あそぶんげい」なのか。筆者が文芸学科で居合わせた様々な事象と共に紹介させてください。

椅子取りゲームから始まるAO入試

日芸の文芸学科に入るにはいくつかの入試方法があります。筆者はとにかく書くことが好きだったので、実技メインのAO入試で入りました。エントリーシートの選抜から始まり、課題の作文or小論文。そして面接という入試フロー。

緊張の面持ちで迎えた当日、想定していなかった事象が起こりました。なんと作文の試験は椅子取りゲームから始まりました。受験生たちが円状に並ばされ、入試の説明を受けた直後、「では自由な席に座って課題に取り組んでください」と一言。

席に座った状態ではじめ! じゃないの……?

椅子取りゲームになるとは思わない学生たち、もちろん唖然でした。自由がここから始まっていいのかと。筆者は数ある座席の中からどうにかいい感じの席について、資料室の資料を見ながらギリギリまで課題に取り組んでいました。

余談ですが、同じくAO入試を受けていた友人はさっさと終わって、暇だからと余った時間で資料室にあった『文豪ストレイドックス』を読んでいたそうで……。あまりに豪胆。それで合格したのですからすごい。

自由すぎる期末課題

無事、文芸学科に入学できた筆者は、まず課題の自由度に驚きました。あるとき、「あなたなりの方法で宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を表現して!」という期末レポートが出る授業がありました。

成果物発表の際、『銀河鉄道の夜』を自分なりにパロディした小説、詩を提出し発表する学生たちが多かったですが、中には演技力を活かして音読で表現する演劇学科の学生、銀河をモチーフにした琥珀糖などのお菓子を作ってくる学生もいて面白かったのを覚えています。

ちなみに筆者は造花を作りました。先生が「学校に飾ってあげるから持っておいで!」というので持っていって飾ってもらっていたのですが、ある日自前の花瓶ごと行方不明になりました。先生が捜索願いを出してくれているそうですが、一度消えてしまったからには見つからないような気がします。私の造花はまるでカンパネルラのように、帰らぬ旅に出てしまったのです。

シュールストレミングと向き合うゼミ

シュールストレミングといえば、世界で一番クサイ魚の燻製です。それを食べてみよう、というのがとあるゼミ主体の試みで、「創作のネタになるのでは!?」という誰かの一言に先生が食いついて実現してしまったとか。話だけで終わらせず真っ先にブツを用意した先生には脱帽です。

実行まで開封場所をどうするかで一悶着あったそうですが、航空公園に許可を取って開封・実食したそうです。参加した友人いわく、実現まで研究室に置きっぱなしになっていたシュールストレミングが、いつか辿り着きたい目標、天竺のようになっていたようです。なんと当日は学生30人が集まったそう。

食べた感想は「まずいこんにゃくゼリー」とのこと。下水処理施設に見学に行ったときと同じ匂いがして、つるんと食べられるけどジェル状の汁がダメだったそう。待っていたのは天竺ではなく地獄だったようです。友人が吐きかける動画を見せられた筆者も少しだけその片鱗を見ました。

そんなシュールストレミングは、美味しい食べ方を模索する学生や根性のある助手さんのおかげで完食できたそう。

小説創作のため素手で〇〇した友人

筆者が去年所属していたゼミは、とにかく書く機会をもらえる授業でした。毎週が課題の短編小説の締切、毎週が合評。そんな環境で出会った中で印象的だった学生がKちゃん。彼女はとても小説が上手くて、先生からの講評でも褒められることの多い子でした。

Kちゃんと一緒に合評や雑談をしていて、驚いたエピソードが一つ。『三人以上の人物が食事をする』という短編小説の課題が出た際、彼女は数人が手掴みで食事をする集会を描いた物語を書いてきました。ショートケーキや熱々のパスタやハンバーグを食器を使わず手掴みで食べる描写に、妙にリアリティがあるな……と思っていたら「これ、実際に家でやったんだよね」とKちゃんがにっこり。

「本当に熱くて火傷するかと思ったし、お母さんにも何してんのって言われた!」

そりゃ言われるわ。Kちゃんのすごいところは、普段にこにこしていて可愛い姿からは想像もできない行動力にあります。文芸学科の良いところは、ぶっとんでいても尊敬できる学生が多いところです。

喫煙所にシャボン玉を置きたがる友人

いっとう変わっている友人について書き忘れるところでした。Aちゃんとは今年のゼミから一緒になったのですが、これまた変わった子なのです。真っ赤な頭が特徴的なのですが、服装も面白い。インドの民族衣装だったり、オシャレな黒い羽織だったり、チャイナドレスだったり。

彼女とのエピソードで一際印象的だったのが、本気で大学の喫煙所にシャボン玉を設置しようとしていたこと。喫煙者にタバコを止めさせるのが目的です。紙袋にぎっしりと詰まったシャボン玉キットを見せられたので、彼女は間違いなくやろうとしていました。

喫煙所から出ているのはまだ煙だけなので、今後、喫煙所で何かが起こるのかもしれません。

Aちゃんが準備していたポスター

ゼミの課外活動で鹿の解体ワークショップへ行った際には、なんと鹿の頭を持って帰ることに。帰りの駅で鹿の頭の入ったビニール袋をるんるんで開封して見せ、疲れた同期にガチギレされていました。

課外活動で歌舞伎町のツアーに行った際は、一人でふらふらと歩いていき、何度も迷子になりかけ、また同期にマジギレされる(一回、本当に雲隠れしてしまいツアーが中断されました)。

ただ、そんな彼女も只者でない一面があります。ゼミと企業で取り組んだプロジェクトの際、大人たちを一番喜ばせたのは彼女でした。プロジェクトの要である商品をイメージしたネイルチップを自作し、プレゼンに着けていったのです。

コミケのコスプレイヤーさながらの囲みができていたAちゃんは、変なだけではない人です。どうして文芸学科に来たのかは、すごく不思議ですが……。

良くも悪くも”自由”、優劣なき文芸学科

変人ぞろいのように思われたかもしれませんが、勘違いしていただきたくないのは、誰にもどんな作品にも優劣はないこと。文芸学科の人たちはそれをよくわかっているから、どんな創作物にもポジティブな考えを持っているように思います。

何かを作りたいと思ったときに否定されない。賛同してくれたり、手を貸したりしてくれる人がいる環境そのものが芸術学部の持ち味だと筆者は感じています。

つまり何が言いたいかって、何かに熱中している人たちは変わってて面白いということ! 対外的に見た奇人・非日常というキャッチーなパッケージ以上に、それは価値のあるものなのです。少しでも創作意欲のある人にとっては素晴らしい学舎です。

今回私が紹介した文芸学科は、一つの側面にすぎません。ぜひ、学祭などに足を運んでここがどういう場所なのか確かめてみてください。(文 今世くいな)

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