文学フリマに未経験・知識ゼロで出店したら新たな世界を開拓できた話

「本、売ってみませんか?」

月に吠える通信編集長からの突然のお誘いメールに、戸惑い迷いました。本を売ると言っても、書店員になるわけではありません。同人誌の即売会イベント「文学フリマ」福岡で、店番をしないかと打診されたのです。

読者としてしか本に関わったことのない私が販売する、ということ。驚きと興味が同時にやってきて、わくわくした気持ちでそのチャンスをつかみ、こう返信しました。

「ぜひ、やってみたいです」

文学フリマ
作り手が「自らが〈文学〉と信じるもの」を自らの手で作品を販売する、文学作品展示即売会。小説・短歌・俳句・詩・評論・エッセイ・ZINEなど、さまざまなジャンルの文学が集まる。同人誌・商業誌、プロ・アマチュア、営利・非営利を問わず、個人・団体・会社等も問わず、文芸サークル、短歌会、句会、同人なども出店。参加者の年代は10代〜90代まで様々。現在、九州〜北海道までの全国8箇所で、年合計9回開催している。
https://bunfree.net/
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託された本は「ゴールデン街」と「ヤ〇ザ」

今年で9回目となる福岡での文学フリマは、2023年10月22日()に福岡天神駅近くのTKPエルガーラホールで開催されました。開場と同時にたくさんの来場者で賑わい、主催者によると用意されたパンフレットが早々に配布終了になるほどだったそうです。

筆者は「文壇バー月に吠える」の店番として参加しました。「月に吠える」といえば、本WEBマガジンを運営するバー。編集長が申し込みはしたものの、来られなくなったため、福岡在住の筆者に白羽の矢が立ったのです。ですが筆者は、出店も来場も経験ゼロ。初めてということに加え、準備から店番まですべて一人で任され、どきどきでした。

販売するのは『ヤクザ短歌』『ゴールデン街で一番の美女』。どちらもなんだか怪しい雰囲気が漂っていて、筆者が読んでいいものかと、表紙をめくるのに覚悟がいりました。

前者は、一人のヤクザに2年間密着して書かれた短歌&エッセイで、まず表紙のインパクトに圧倒されます。ヤクザを一人の人間として捉えるきっかけとなる短歌でした。後者は文壇バーのお客さんや近隣の店の話ですが、どれも生々しくて読み入ってしまう短編集。一人ひとりのキャラが濃くて、自分だったらとてもじゃないけど対応しきれない、というようなお客さんとの場面がリアルに綴られていました。

当日の準備に悪戦苦闘

ブースにはどんなお客さんが来るのか、準備や片付けはうまくいくのか、といろいろ考えながら迎えた当日。編集長から送られてきた書籍たちと備品、それに両替しておいたお釣り用の小銭を小さめのスーツケースに詰めて、朝8時に家を出ます。一人での店番だったので、途中で抜ける時間がもったいないと、おにぎりを握ってお茶と共に持参。

来場者より1時間先の10時に入場証を持って会場イン。方向音痴の筆者はいつも通り迷いながら到着。やっと見つけた会場は、すでに出展者の準備でたくさんのブースが作成されているところでした。

人の多さと初めての雰囲気に圧倒されながらも、隣の人に挨拶して準備を始めます。

最初はまっさらな机といすが置いてあるだけで、デザインし放題です。見本を置いて、店名ポスターを貼って、通路からお客さん目線で確認します。何度も置く位置や角度を調整して、やっと納得のいくブースが出来上がりました。そうこうしていると、あっというまに開場まで15分。

文壇バー月に吠えるの出店ブース

残りの15分はブース完成にほっとしながら、ぼーっとしたり隣ブースの人と話したりしてついに開場―――。

最初はちらほらと様子をうかがいながらお客さんがブースを通っていきます。他のブースの人の見様見真似で、お客さんに「こんにちは」とあいさつをしながら店番をしてみます。一定時間ブースを眺めてくれた人には、「見本をどうぞ」とさりげなく声をかけます。そこで去っていく人、手に取ってみる人さまざまで、売る側って面白いなと実感。

長く試し読みしてくれている人には、あらすじや本の概要やもう一方の本の紹介などで興味をひいてみたり。両方読んでくれた人には、「どちらが気になりました?」と感想を尋ねました。

 「『ヤクザ短歌』ってインパクトありますね、気になります。僕もこういうこと調べているので、興味を惹かれました」

とある男性はそう言って1冊購入していきました。ただ、本の内容は説明できるけど、その執筆に至る背景や執筆中のエピソードなどを語れないことに、もどかしさも。著者がいれば、もっとこの本の魅力をお客さんに伝えることができるのに、という気持ちが大きかったです。

多かったのは、見本誌コーナーで気に入り、買うのを決めて来店したお客さん。ブースを訪れるや否や、『ゴールデン街で一番の美女』を指さし「これ、ください」と購入してくれる女性のお客さんが多く見受けられました。友人に「これ読んで!」と『ヤクザ短歌』を勧められて来店した、という出店者の方もいました。ヤクザ短歌、まさかの全国区?

 本を愛する福岡の人たちを紹介

福岡は他の開催地に比べると規模が小さいようですが、ひとりひとりの本に対する熱は強く感じられます。福岡の本に関するイベントは増えており、書店同士のネットワークもより強くなっているように思えます。そんな中、ブースにお越しくださった本を愛する方々を紹介します。

まずは、福岡・白金で「ブックバーひつじが」を営む店主のシモダヨウヘイさん。


前職は、大阪で不動産営業をしていたというシモダさんは、地元九州でブックバーを開業。偏見ですが、バーの店主というとおじさんのイメージがあったので、シモダさんの若さに驚きました。2019年にオープンしたバーは、1年の営業後にコロナ禍に直面しました。ただ、「1年営業してみて休憩時間ができたし、自費出版したいと思っていたのでそういうことを進めるいい時間でした」と話してくださいました。

ご自身も出店されていたひつじがさん。販売していた書籍の中でも気になったのは、バーのお客さんが描いた漫画「ひつじがびより」(著:深夜2時)。

「ひつじが」がどんな場所なのかを紹介する、読みやすくてユニークな案内書のようです。お酒を飲めなくても、本に興味がなくてもふらっと立ち寄っていい場所で、「本が好き、焼酎が好きなら大歓迎」といったラフな雰囲気がお客さんに愛される所以のように思えました。

次に訪れてくれたのは、書店&カフェ「本のあるところajiroの店主・田島さん。

顔出しNGということで、手元だけ。田島さんの手に渡った「ヤクザ短歌」。

「月に吠えるは東京にあるお店なのに、なぜ福岡に来てるのかな」と疑問に思いながら声をかけてくださったそうです。ajiroでは、海外文学と詩歌を中心とした書籍を販売しており、トークショーや読書会などのイベントも開催しています。田島さんは、書肆侃侃房という出版社の代表取締役でもあり、個人的に聞きたいことが沢山あるので、後日取材させていただきたいとお伝えしてみました。 田島さんは『ヤクザ短歌』をお持ち帰りくださいました。

そのほかにも、福岡市六本松の書店「本と羊」の副店主さんは、昔東京に住んでいたため、「月に吠える」が新宿にあることをご存じで来店くださいました。福岡で本の自販機を設置するなど、本を楽しむ人々のために活動していらっしゃいます。  

個性的な作品に囲まれ過ごした1日

他のブースでは、油絵と詩がコラボした作品や絵本、台湾の旅行記や北欧の文化にフォーカスしたイラストZINEなどが販売されていました。また、自炊を科学的・文化的に考えた自炊の参考書など、おもしろいテイストのものであふれていました。

エッセイ・詩集・小説など、設定されたジャンルはあっても、その枠を超えるような個性的な作品を掘り出す楽しみがたまらないですね。

福岡の文フリは、出店組数242、一般来場客数1109人という規模です。ほかのエリアの文フリに比べると決して大きくはありませんが、その分拡大の余地があるということ。福岡での本に関わる活動は、まだまだこれから広まっていく勢いを感じます(実際、福岡にある小さい書店の多くは、文フリの他にも読書会やトークイベントなどを定期的に開催し、本を愛する者同士の交流の場を設けています)。

自身の好きや興味を集めた作品たちに囲まれ、新鮮な気持ちですごした1日。月に吠えるのブースにもたくさんの方が訪れ、本を購入してくださいました。閉場30分前には客足がまばらになったので閉店準備にとりかかり、少し早めに会場を後にしました。

売る人、買う人どちらにもなれるこの時間は、格別でした。文フリは東京・大阪・広島などでも開催しており、1年を通して文学作品に触れることのできる機会となっています。  

初めての店番を終えて

筆者の初の店番は緊張から始まり、新たな世界を開拓した満足感で終わりました。

販売側としては、試し読みしている方にどう声をかけたらよいのか、より興味をもってもらえるために試行錯誤した時間でした。他ブースでは、大きな看板を掲げたり、ラックを使って高さと奥行きを出しているところもあり、見せ方の工夫も学びました。また、人の流れが読めない中で休憩のタイミングを見計らうのも難しい点でした。

お客さん側としては、知らない世界への冒険で目移りしてしまいました。個人の日常を綴ったエッセイから、何か国も訪れた末につくった旅行記、線画だけで表現したデザインZINEなど、著者の熱がこもった作品に圧倒されました。個人販売だからこそ、書いた人の熱を直接受けることができるブースが多く、売り手と買い手の気持ちがしっかりと交わっていることを感じました。

今後、他地域の文フリに参加したり、自分のつくった本を売ってみたいという気持ちが沸き起こった瞬間でした。(文 上田裕菜)

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