失われた7年間を求めて ~都合のいい女だとわかっているけど~

 

やがて深雪は転職し、一般企業で事務員として働き始めた。職場は居心地がよく、祖母の状態や自身の摂食障害も安定し、日々は平穏だった。そんなあるとき、女友達に「知り合いのバンドが出るから」と誘われ、ライブハウスに行った。拳を突き上げる友人の隣で、控えめに体を揺らしていると、肩をたたかれた。功一だった。

 

「深雪! 久しぶりじゃん!」

 

一時深雪のことを避けていたとは思えないほど、フレンドリーな笑顔と態度で、彼は再会をよろこんだ。困惑しながらも、心の奥底から喜びがこみ上げていた。

 

「先に気づいたのが私だったら、『向こうは自分を覚えてないだろうな、話しかけたら迷惑じゃないかな』って思って、柱の陰とかに隠れていたと思います。でも、そうしない功一の図太さというか、そういうところに、初めて会ったときも引かれたんです。自分にないものを持っている、自分を変えてくれそう、そう彼に感じていました」

 

功一と初めて寝たのは、それから10日足らずの金曜日。何気ないメールのやり取りの後、「うちに来なよ」と誘われ、深雪は応じた。一人暮らしの家に呼ぶのはそういうことだと、もちろんわかっていた。派手な外見に似合わず、1ルームの質素な彼の部屋で、二人はセックスをした。

 

「前に女友達が、ホテル代をケチって家でヤろうとする男はダサい、って言ってたのをチラッと思い出したのですが、私はそう思いませんでした。だって、ホテル代なんてもったいないじゃないですか、私に(笑)。それに、誘ってもらえた喜びの方がずっと大きかったんです」

 

だが、抱かれる前も、最中も、終わった後も、「付き合ってくれるの?」と聞きたかったが、聞けなかった。断られるのが怖かったし、聞くことで終わりになってしまうかもしれないからだった。当時24歳の深雪は、ここから約7年間にわたって、功一におぼれていくことになる。

 

 

ほかの女の痕跡は、隠す気が最初からないのかと思うほど、あまりにもずさんに残されていた。功一との関係が始まり、1か月が経ったころだった。

 

「洗面所に、化粧落としとヘアゴムがあったんです。これ、明らかにほかの女のものだろうなと。でも、ショックとか悲しいとかより、『やっぱり』って気持ちでした。問い詰めると終わっちゃいそうだから、知らないふりして関係を続けました」

 

友人の多い功一は、よく仲間を集めて飲み会を開いた。深雪も誘われるようになり、彼の友人とも顔なじみになっていった。だが功一は、深雪のことを最初に「この子、深雪」と紹介しただけで、関係性については言及しない。座る席も、最初こそ功一の隣だったが、彼はすぐに移動し、深雪に構わず騒いでいた。

 

見かねたほかの友人が、気を使って話しかけてくれた。聞かれはしなかったが、セフレとして公認されているようで、「あいつ女癖悪いよ」「妊娠させられた子もいるから気を付けて」とこっそり助言もされた。

 

あるとき、10人ほどの飲み会がお開きになる直前、功一から「店を出たら別々に帰ろう。後でうちで合流しよう」と耳打ちされた。関係性はみんな知っているはずなのに、この期に及んでなぜ隠そうとするのか、私はこの人の何なのか、と傷ついた。それでも、口に出せなかった。口ごたえ一つしない深雪と功一の間に、次第に主従関係ができていった。深雪はそのときのことを振り返る。

 

「夜中に電話が来れば、次の日朝早くても、寝る間を惜しんで会いに行ってましたね。終電を逃したから迎えに来て、と言われて車で行ったら、彼のほかに友達が3人もいて、一人ひとりの家に送り届けたこともありました。私何してるんだろう、と我に返ることもありましたが、好きだという気持ちの方が強くて、その思いのままに行動していました」

 

そのうちに、功一はお金を無心するようになった。最初はガソリン代など1万円だったが、やがて「仕事で必要だから」と、5万円や10万円を要求した。功一はアパレルショップを止め、営業代行の会社を友人と立ち上げていた。「3年後には上場するよ」と大口をたたいていたが、事業はうまくいっていないようだった。

 

お金を貸すことに抵抗はなかった。深雪は実家暮らしで、生活費を抑えられていたため、金銭に多少の余裕があった。また、いつか返してくれるだろう、と漠然と思っていたからだ。でも一番の理由は、と深雪は続ける。

 

「断ると関係が終わってしまうのでは、という恐怖があったからです。それくらい、彼を失いたくなかった」

 

だが、功一の態度はさらにそっけなくなっていった。深雪がメールをしても、たまにしか返ってこない。そのくせ、時間に関係なく呼びつけられ、性行為やお金を貸すようせがまれた。見かねた友人が男性を紹介してくれ、なかには深雪に好意を伝えてくる人もいたが、すべて断った。功一以外の人は考えられなかった。

 

彼の友人たちが、「あいつ、また新しい彼女できたんだって」と話しているのも耳にしたが、もはや心には何の変化も起きなくなっていた。とにかく好きだった。結婚したかった。関係を永遠に続けたかった。