陸上競技を描いた小説3作を徹底比較!同じ題材でどんな違いがあるのか

さて突然ですが、皆さんはあるテーマに沿って本を読み比べたことはありますでしょうか? 同じ作家さんの本、同じ賞にノミネートされた本など、比べ方って色々あると思うのです。今回は、「陸上」に沿って以下の3冊の本を選び、読み比べてみました。

・『800』川島誠
・『ヨンケイ!!』天沢夏月
・『チーム』堂場瞬一

比べたポイントは、〈陸上をしているときの描写(体力的・精神的両方を含む)〉です。それでは1冊ずつ見ていきましょう!

目次

『800』川島誠

思い込んだら一直線、がむしゃらに突進する中沢と、何事も緻密に計算して理性的な行動をする広瀬。まったく対照的なふたりが走って、競い合う――青空とトラック、汗と風、セックスと恋、すべての要素がひとつにまじりあった青春小説!

主人公は、陸上部に所属する2人の男子高校生です。彼らが走るのは「800メートル」。400メートルトラックを2周と、長距離の中では最も距離が短い種目です。距離が短い分、短距離に求められるようなスピード、そして常に周りと差をつけるための駆け引きが必要とされます。

 

陸上の種目のひとつ「800メートル」を扱ってはいるけれども、試合のことだけが書いてあるわけではありません。中沢と広瀬、そして彼らの周りの人たちとの関わりが粘性をもって描かれている作品でした。青春小説ではあるけれど、彼らの思いや人との関わりには、水彩画のような瑞々しさというよりは油絵のような生々しさがありました。そういう意味では陸上の割合は40%ほどでしょうか。

 

また、本作は文体に特徴があります。単に常体(丁寧語)か、敬体(タメ口)かではなく、広瀬と中沢のそれぞれの口調で書かれているのが読みやすさを引き出しています。中沢の、理性よりも本能でまずは動いてみる・やってみるという性格、そして広瀬の、客観的感情を貫き常に俯瞰的に物事を見ている様子がそれぞれ対照的に表れていました。

 

この性格の違いは、800mを走っている描写にも顕著に見られます。作中に、2人が同じ組で800メートルを走っている様子があります。まずは中沢の描写です。

俺は広瀬の後ろにぴったりついて行った。抜こうと思っても抜きにくい。俺がしかけると、広瀬が逃げる。かなり速いペース。(中略)だけど、俺、ひとの背中見るのは、厭だ。ストレートの終わりで広瀬のスピードが鈍ってきた気がしたから、俺、コーナーでもなんでもいいから抜きにかかった。(中略)そしたら、広瀬が少しだけ、アウトへふくらんできた。俺に抜かせないために、なりふりかまわず走路妨害めいたことまでしようっていうの。いいねえ。

そして、こちらは広瀬の描写です。

バック・ストレートでトップに立ったぼくは、そのまま中沢をおさえて第四コーナーをぬける。ホームの直線で中沢が並んでくるけど、まだ抜かせない。肩をくっつけたまま、四〇〇メートル。(中略)あらかじめの作戦では、あと一周を告げる鐘がなったところ、第一コーナーで中沢に抜かせて、その後ろをついていくつもりだったのだ。そして、七〇〇メートルまでは、その位置で楽に走る。機を見て、スパート。 完璧な作戦だ。だけど、ぼくは抜かれたくなかった。ぼくは、右肘を突き出し、寄ってきた中沢を外へ押し出す。

同じ場面でも、ここまで考えていることが異なって描かれているのが面白いですよね。中沢の勝ち気な性格と、広瀬の冷静沈着な性格が800メートルを通してぶつかり合っている、スピード感のある部分です。描写についていえば、中沢は「直感」色が強く、広瀬は「分析」色が強いと言えます。

 

泥臭い、それでいて一途で純粋な男子高校生の青春をのぞき見しているような感覚を味わいたい人におすすめです。陸上の話題でどっぷり浸かりたい! という人にとっては少し期待外れになるかもしれません。

『ヨンケイ!!』天沢夏月

慢性的な人数不足に悩む離島・大島の渚台高校陸上部に、奇跡的に男子4人のスプリンターが揃った。インターハイ予選を目前に控え、100×4リレー(四継)に挑むことになるが、メンバーの人間関係はサイアク……。はじめはリレーで重要なバトンの繋ぎもまったくうまくいかなかった4人だが、お互いが本音でぶつかり合ううちに、しだいにチームに変化が――。4人のバトンが繋がるとき、感動に胸が熱くなる、青春スポーツ小説!

あらすじを読んでいただけたら分かるように、本作のタイトル「ヨンケイ」は、4×100メートルリレーのことを指します。離島にある小さな高校の陸上部。受川、雨夜、脊尾、朝月。偶然にも4人の短距離走者が揃い、顧問にリレーを勧められるところから、物語が始まります。

 

4人それぞれには悩みや葛藤があり、バトンを通してチームのメンバーとぶつかりながらもリレーを走る意味、自分が走る意味を見いだし成長していきます。走っている時の描写や気持ちの揺れ動きについての描写が多く、とても緻密に、丁寧に描かれていると感じました。リレーの走順に章立てがされていて、全体の物語としてバトンが繋がれていく感覚もお気に入りです。

 

リレーって、バトンパスが本当に要なんですよね。決められた区間でバトンを渡さなければ失格になるのでとてもシビアなチーム戦です。確実にバトンを渡すことだけを考えるとタイムが落ちる。タイムを重視しすぎるとバトンパスが疎かになってしまう。それでもお互いを信じてバトンが渡る瞬間は手に汗を握る展開で、リレーの醍醐味なのです。

「セット」腰を上げる。スタートラインの少し手前をぼんやり見つめる。耳は澄まさない。待っているのはピストルの音じゃない。その号砲が空気に落とす波紋の、最初の一つ。それは聞くというよりも、振動を感知するイメージだ。感じた瞬間、俺は右足でブロックを強く蹴り、誰よりもトラックに一歩目を踏み出す。

「ハイッ」合図とほぼ同時にバトンをつかんだ。(中略)左右は気にしない。バックストレートで自分の順位はどうせ分からない。トップスピードに乗る。苦しい。体が引きちぎれそうだ。ほんの十秒間の疾走が、永遠にも感じる。腕を大きく振ることを意識する。無理に加速しようとしない。

「ハイッ」腕を上げると、ちょうどオレが腕を前へ持っていきたいタイミングでバトンが押し付けられる。そのまま引っ張り、後は自然に腕を振って走る、走る、走る――。カーブの内側。しっかりと切り込むように。スピードを上げ、上体を起こし、トップスピードになったらもう力は入れない。余計なことはしない。ただ、足を正しい場所へ置くことだけを意識する。

俺は汗の滲んだ手のひらを何度もユニフォームにこすりつける。(中略)脊尾が、マーカーを越えた。全力で出た。余計なことはすべて忘れた。ただ、走れ。「ハイッ」左手を上げる。そこにバトンは必ずくる。いや、もう握っている。(中略)俺は走り続ける。両手を勢いよく振りながら、ぐんぐん加速していく。(中略)風を感じた。トップスピードだ。

4人のそれぞれの描写を挙げてみました。短文がたたみかけられるように続いていて、0コンマ1秒を争うリレー特有の描写だと言えます。また、「ハイッ」という掛け声はバトンが渡る瞬間を表していて、実際に走っている身としてリレーを味わうことができます。

 

これぞ青春小説!! 瑞々しさと青さがこれでもかと詰まっていて、冷たい飲み物を飲み干した時の爽快さに似た感情になりました。リレーという競技を通してお互いの思い・気持ちが繋がる。それぞれの情熱をもってバトンを繋げる。4人のバトンが繋がれた先を、ぜひ見届けてください。

『チーム』堂場瞬一

箱根駅伝の出場を逃がした大学のなかから、予選で好タイムを出した選手が選ばれる混成チーム「学連選抜」。究極のチームスポーツといわれる駅伝で、いわば“敗者の寄せ集め”の選抜メンバーは、何のために襷をつなぐのか。東京~箱根間往復217.9kmの勝負の行方は――選手たちの葛藤と激走を描ききったスポーツ小説。

毎年、1月2日と3日に行われる箱根駅伝。大学同士がしのぎを削って襷(たすき)をつなぐ、個人競技が多い陸上というスポーツの中で、駅伝はリレーとともに挙げられる団体競技です。その中でも異彩を放つのが、関東学生連合チーム。「学連選抜」です。本作は、この「学連選抜」が結成されてから、チームが実際に箱根駅伝を走るところまでが描かれています。

 

チームの連携・絆が試される団体競技でありながら、そのメンバーたちは異なる大学同士。自大学での駅伝出場は叶わなかったけれど、「自分自身の『箱根駅伝で走りたい』という目標を叶えるために走る可能性」が少なからずある特殊な状況の中、チームは優勝という目標を掲げて練習に励むことになります。

 

選手たちの思いはバラバラ。キャプテンに抜擢された浦大地は、チームの形成に全力を注ぎます。合宿での練習、メンバーとの衝突、怪我――。次第に士気が上がり、チームは箱根駅伝が近づくにつれて団結していきます。チームは最後まで襷をつなぐことができるのか。果たして優勝はできるのか。最後まで結末が分からない展開になっています。

 

本作は大きく2つの章に分けられています。第一部はチーム結成から箱根駅伝の直前までが、第二部は箱根駅伝の往路と復路が書かれています。この中に選手同士の関わりや陸上ならでは(本作ならば箱根駅伝ならでは)の描写がふんだんに盛り込まれているので、とても密度が濃いです。

 

先ほど「箱根駅伝ならではの描写」と書いたのですが、本作では「風」が描写の中でたびたび登場する印象を受けました。駅伝って、メートルの単位ではなくキロメートルの単位で表される距離を走りますよね。テレビで放送がされているときも、走っている選手たちが前からのカメラアングルで映し出されている姿が想像しやすいのではないかと思います。あの角度から見ると、選手たちがどれくらいの速さで走っているのかは分かりにくいのですが、実はそのスピードはかなりの速さです。

 

つまり何が言いたいかというと、「スピードが出ている=ものすごく風を切って走っている」ということです。しかも、本作の舞台は「箱根駅伝」。開催される時期を考えると、真冬ですから風が吹くと体が冷えます。そして、雪が降っていればなおさらです。このように、箱根駅伝という舞台で起こりうる天候の変化が細かく描かれており、それに伴う選手たちの心の揺れ動きも丁寧に表現されています。

ふいに強烈な横風が頬を叩いた。殴りつけられたような痛みが全身を貫き、それで意識がはっきりする。何だ?そうか、いつの間にか湘南大橋に差しかかっていたのか。ここの強烈な風はランナーの大敵だと聞いていたが、俺にとっては目覚まし代わりになってくれた。

杉並木が道路の左側に暗い影を作る。一瞬強い風が吹き抜け、次の瞬間、後頭部から首筋にかけていきなり冷たい感覚が走った。思わず首をすくめ、その拍子に少しリズムが崩れてしまったが、何とか立て直すことができた。

ふいに冷たい風が左から右へ吹き抜けた。真っ白だった視界に色が戻り、自分が橋の上にいることに気づく。世界の頂点。そんな大袈裟なものではないが、広々と視界が広がって遮るものがない景色は、勝利を確信させるものだった。

風が吹く。陽射しの強さからは想像できないほど冷たい、針のような鋭さを持った風で、横殴りに頬を貫いた。その一瞬で完全に目が覚める。不思議なことに痛みはいつの間にか左膝の内部だけに限定されていた。まだ走れる、という確信が浮かび上がる。

出てくる描写を抜粋してみました。風が吹くことで、何かしらの変化が起こりそうな予感がしてくるような表現が多かったように思います。とにかく面白かった。大満足です。最初から最後まで100%陸上小説でした。

終わりに

今回、私が実際に3作品を読んでみて分かったのは、「走っているときの身体的な描写に大きな差異はない」ということです。走るという行為に対する表現は、文字にしたときにある程度限られてくるので、焦点を当てるところや言い回しにそこまで違いはないのかなという印象でした。

 

どちらかといえば、登場人物の感情の変化や口調、性格などで個性が出ることで、走っている描写には精神的な面で違いが表れていると感じました。

 

ただ、今回紹介した3作品の題材は、同じ「陸上」というスポーツにはカテゴライズされるものの、それぞれ異なる特徴を持つ種目が取り上げられています。「走る」スポーツといっても、その魅力は千差万別。ぜひその魅力を、今回紹介した3冊から感じてみてください。(文 Wakana)

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