その女と結婚するなら、縁を切ります ~健常者と障がい者の恋~

結局、二人だけでは解決不可能だと判断した春男と緑は、弁護士事務所に相談に行った。これまでに送られた手紙やメールの文面を見せると、弁護士は「これはひどい」と眉をひそめた。

 

対策として、「今後、一切手紙やメールを送ってこないこと」「私たちに干渉しないこと」という書面を内容証明で送り、それでも無理なら裁判を起こすことができる。

 

けれど、その前に二人でもう一度話し合って、結婚したいなら籍を入れてしまえばいいと思いますよ、と弁護士は言った。その言葉で気持ちが固まりましたね、と春男は話す。

 

「本当は両家の同意があって、円満に籍を入れて、結婚式も挙げたかったんです。でも、現実的にもう無理だと分かった。僕たちも大人だし、二人の同意のうえで結婚すればいいのかなと思いました」

 

「私も、結婚が無理なら内縁でもいいんじゃない、って周りから言われることがありました。でも、戸籍上の夫婦になりたかったので、弁護士さんから言われて勇気が出ました。法律相談というか、人生相談みたいでしたけどね(笑)」

 

そして2015年11月、春男は母に手紙を書いた。以下がその文面である。

 

 

これから役所に婚姻届けを出しに行きます。籍はお互いの意思で入れます。彼女のいない人生は考えられません。

 

緑さんの障害について、ずっと反対されましたが、通常の生活は支障なく、言われている様な問題も起きません。また出世に関しても、妨げになる様な事は現代ではなく、農業についても将来の事であり、すぐ考える必要はありません。

 

今まで育て上げてくれた事、感謝していますが、短い人生、自分の好きな様にさせて下さい。俺はたまに帰りますが、彼女を連れては行かないので安心してください。これから2人で頑張っていきますので、こちら側の生活はそっと見守っていてください。春男

 

それきり、母からの手紙やメールは止んだ。離婚しなさい、と次は来るのかと身構えていたが、不気味なくらい一切何もなくなった。

 

 

「僕たちの決意を母親が感じたのかもしれません、よくわかりませんが。でも、縁を切られたら、それで仕方ないくらいのつもりでした。僕もそれから帰省していないし、今はそんな(縁が切れた)状態です。家族なので、もちろん気にはなっていますけど……」

 

春男はそう話す。今も状況は変わっていない。平和で、順調な夫婦生活が続いているが、二人の気持ちはどこか晴れない。

 

「お義母さんからの手紙にもありましたが、私が家族仲を壊しちゃったので、申し訳ないと思っています。でもせめて、親子関係だけはまた修復してほしい」と、緑は本音をこぼす。春男はしばし考え、宙の一点を見つめたまま言葉を紡ぐ。

 

「母は僕のことを許していないと思う。でもやっぱり、いつかは元に戻りたいですね。実家にも帰れるようになりたいです」

 

 

入籍した後、二人は横浜の異人館を貸し切り、それぞれタキシードとウェディング・ドレスを着て、カメラマンに撮影をしてもらった。挙げられなかった結婚式の代わりだった。

 

新婚旅行でフランスとイタリアにも行った。折り畳みの車いすなど準備し、旅行会社にも緑の障害のことを説明して、約1週間のツアーを楽しんだ。「もう海外なんて行けないと思ってたのに、彼のおかげで実現できて、本当に感謝しています」と緑。

 

「また旅行行きたいね」

「うん。車いすさえあれば行けることが分かったし。今度は北欧とかね」

「いろいろ挑戦したい。スキューバダイビングとか、スカイダイビングとか」

「スカイダイビングは俺が嫌だ、怖い」

「ねえ」

「うん?」

「こんな感じで、平和に暮らしていければいいね」

「うん」

「あのとき、友達が私たちを紹介してくれなかったら」

「俺は今も一人暮らしで、淡々と生きていたかなー。東京にはコンビニもいっぱいあるし、便利だし」

「私も事故の後は、結婚できると思っていなかったし。お義母さんの反対もあったし、よく結婚までたどり着けたね」

「あれだけ反対されて」

「ねえ。本当に私で良かったの?」

「もちろん。スパイシーで楽しい経験できるしね(笑)」

「ほかの健常者の人と出会っていたら?」

「わからない。だって、僕は緑と出会っちゃったから。こういう人生だったと思っている。それ以外のことは考えられないよ」

 

 

この物語には、悪い人物が一切登場しない。だから、悲しい。決して良くない後味というか、余韻が残る。「おかしなことを言うな、春男の母が悪いに決まっているじゃないか」という声が聞こえてきそうだが、果たしてそうだろうか。

 

母親の考えや行動は、頭が固い、常識はずれ、時代に即していない、と言えばそれまでだが、その根底には愛がある。息子、家庭、これまで守ってきた家系、そして受け継いでいくべき未来の家系への愛が(使命感、忠誠心とも言い換えられる)。

 

行動は歪んでいるし、行き過ぎなのは明らかだが、そこには善悪を超越したエゴイズム、原理主義的な思想がある。排他的だが、裏を返せば絶対にぶれない、信仰にも似た愛。

 

逆境を乗り越え、結ばれた春男と緑に愛があるならば、逆境をもたらしたその思想や行動も、間違いなく愛である。僕にはそう思えてならないのだ。(取材・文 コエヌマカズユキ)

 

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