その女と結婚するなら、縁を切ります ~健常者と障がい者の恋~

Photo by Camilo Rueda López .

 

作家の故・中島らもさんの小説で、こんな一説がある。

 

 

言葉こそすべてじゃないか。人は自分の魂をちぎって投げるんだ。それが言葉だ。

「ガダラの豚」より

 

言葉とは、言霊とは何ぞや、この上なく的確に言い表している。僕も物書きの端くれとして、言葉の持つ力を知っているつもりだ。

 

言葉はときに日本刀のように鋭く切り裂き、ときには巨大な鐘のように轟音を鳴らし、ときには眠りに落ちる瞬間のような心地よさをもたらす。そんなパワーがある。

 

僕は今、ある手紙とメールの文面を手にしている。そこには、まさに魂をちぎって投げられた言葉がつづられている。

 

 

・障害女は絶対に〇〇市には連れてきては駄目や TやIに多大な迷惑をかけるから絶対に〇〇市に来ないで

 

 

・障害女とは籍をいれないで〇〇市役所は小さいからうわさになります 籍を入れたら駄目 IやTに多大な迷惑

 

 

・籍を入れるのは絶対止めて下さい!弟達への思いやりと責任です!〇〇市役所は小さいから噂になるから止めて

 

 

・家族皆反対します絶対反対します!籍などいれたら相続権は放棄してもらわな〇〇市には帰ってこれない事になる

 

 

・Iも反対してます 私達に多大な迷惑をかける事を理解していますか?籍は絶対に入れない事入れたら縁切りに

 

 

・私達は絶対に反対します!籍は入れないで下さい 入れたら相続権は放棄してもらわな〇〇市に帰ってきては困まる

 

これらは、春男(仮名)に届いた母親からのメール(原文ママ ※IやTとは春男の弟)の一部だ。そして、彼の婚約者である緑(仮名)の実家に、春男の母から届いたのが以下の手紙である。

 

 

私たちの大切な跡取り息子です、春男は。ボランティアで付き合っただけだったのにその厚意に甘え、あげくに結婚まで迫り、強引に息子の人生を一生犠牲の人生、負担させる人生にさせるとは、緑さんあなたは大変自分勝手な人ですね。そして私たち親子の縁にも深く溝ができ、ぜつえんになってしまっています。

 

息子の嫁を貰うのを私たち楽しみに、今まで一生懸命育ててきました。〇〇大学(有名国立)の受験、大学院とストレートに進みこれから嫁探しをと考えていた、親の気持ちを踏みにじむ大変身勝手な行為に思います。私たちは何も知りませんでした。9月26日急に結婚するとメールで知らされただけで後は連絡が切れる。結婚式に出るのも人生の楽しみでした。

 

でもすべて私たちは、何も知らされず、反対するからか息子はすべて隠していたので急に知らされ、地獄へつき落された気持ちです。結婚の事も引っ越しのことも、9月26日はじめてしりました。

 

息子を奪おうとする女への憎悪が、極めて純度の高い感情と言葉でつづられている。障害を理由に、人格どころか存在すら否定され、対話をすることすら許されない、絶対的な拒否だった。ちなみに手紙は40通以上、メールはもはや数え切れないほど届いたという。

 

初めて文面を見たときの思いを、緑はこう振り返る。

 

「最初に見たのはメールだったのですが、すごいショックで大泣きしました。障がい者になってから初めて他人にそんなこと言われて……なかなか立ち直れなくて、ボロボロになって。辛そうな様子が出ていたんでしょうね、職場の人にも『大丈夫?』って心配されました」

 

当時から約2年が過ぎた2017年8月、メールも手紙も届くことはない。しかし、思い出すだけで記憶がよみがえるのか、緑の面持ちはこわばっている。

 

「お義母さんが結婚に反対しているということは聞いていました。でも、差別的な意味合いで反対されているとは思っていなかったので……メールや手紙を見て現実を知りました」

 

緑さんに続いて、夫の春男も口を開く。

 

「ひどい内容だったので、(緑に)見せないようにしていたんです。でも、一回現実を知ってもらうことが必要かなと思って(見せてしまった)。最初はもっと緩やかな文面だったのですが、僕が(反対を)聞き入れないから、母親の怒りのボルテージが段々上がっていったみたいで」

 

都内の喫茶店で、僕は春男・緑夫妻と向かい合っていた。真夏の猛暑日だった。春男はクマのぬいぐるみを思わせる、朴訥さと温厚さがにじみ出ているような男性。

 

涼し気な黄緑色のワンピースに身を包む緑は、華奢で小柄で、目がぱっちりしており、アイドルのような外見だ。その右手には、小指と、半分くらいの長さの薬指だけがある。あるべきほかの指はない。歩行も不自由で、2階にある喫茶店の階段を上り、席に着くまでは、春男が手をつなぎ、体を支えていた。

 

緑は2009年、23歳の頃に交通事故に遭った。一命はとりとめたもの、右手の指を4本切断し、頚椎も損傷。一生車いす生活になる、と医者から宣告されたほどの重傷だった。

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