『cocoon』『アノネ、』など、現代の女の子の視点で戦争を描く漫画家 今日マチ子さん

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昨年、日本は戦後70年を迎えた。今や世界有数の平和大国と呼ばれ、私たちは豊かな暮らしを送っている。繰り返してはならない、だからこそ伝えていかなければならない、戦争の記憶。当時を知る方々がお年を召され、語り部の数が年々減少している中、「戦争と少女」というテーマで作品を発表し続ける漫画家がいる。今日マチ子さんだ。

 

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インターネット上で発表した一コママンガ『センネン画報』が話題となりデビュー。その後は、沖縄のひめゆり学徒隊を題材にした『cocoon』をはじめ、『アノネ、』『ぱらいそ』など、戦争を少女の目線で描き続けている。決して平和活動家ではない、という今日さんが、なぜ戦争という題材を選んで書き続けているのか、お話を伺った。

 

完全な真実を描くのは難しい、だからこそ『cocoon』が生まれた。

 

P18

 

今日さんが戦争ものの作品を執筆するようになった経緯を教えてください。

 

担当編集者が沖縄出身で、ひめゆり学徒隊(※)をモチーフにしようと提案されたのが『cocoon』を描いたきっかけです。2008年のことでした。正直、戦争ものにあまり興味はなかったのですが、「少女の視点から戦争を描いてみないか」と。それならば自分に合っていると感じてお受けしました。

 

※昭和20年(1945年)、アメリカ軍との沖縄戦で従軍看護要員として動員され、戦死した沖縄師範女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒・職員

 

 

ひめゆり学徒隊を題材にするにあたって、意識した点はありますか。

 

史実を大事にしましたが、私自身は体験者ではありません。完全な真実を描くのは無理なので、ある程度はフィクションにしようと考えていました。なので、現代の女子高生が、ひめゆり学徒隊の話を聞いた後に見る夢のような話……という風に置き換えたのです。

 

 

編集担当者からアドバイスされたことはありましたか。

 

残虐なシーンを描き慣れておらず、「これでは戦争の酷さが伝わらない」と言われました。しっかり描くことで、逆に日常の軽やかさも際立つのではないか、と。それからは、残虐なシーンも意識して描くようにしましたね。

 

 

『cocoon』では、「繭」が少女の心情の変化を表すうえでキーワードになってきます。どういった思いが込められているのでしょう。

 

少女の心情を表す目的もありましたが、物語の中で戦争と少女の成長を重ね合わせたかったので繭を用いました。終戦後に少女の「繭」が破けて大人になる、ということを表そうと思ったのです。 

 

戦争の悲惨さよりも、その時代に生きた個人のことを描きたい

 

P21

 

今日さん自身はよく、「戦争漫画の文脈から離れて、少女たちを描きたい」とおっしゃっていますが、どういった形でそれを表現しようとなさっているのですか。

 

戦争の悲惨さを伝えたい、という気持ちも根底にはあるのですが、戦死者の方々はそもそも、自分の人生を「戦争で亡くなった人」として語って欲しくないと思うのですよね。ひとりの個人として「こういう子でした」とか「こういうことがありました」みたいな話から始めて欲しいのではないかと。その子の人生の中にたまたま戦争があって、一番大事な変化の部分に重なっていたかもしれない、と念頭において作品を作っています。

 

 

戦争ものの作品を描くにあたって、葛藤はありませんでしたか。

 

ありましたし、当時はデビューしたばかりだったので、色物扱いされないか不安はありました。また、平和を訴えている活動家に見られたくない、という思いもありましたね。ただ一方で、戦争は実際に起きたことですし、亡くなった方もたくさんいらっしゃいます。そういう方たちに対し、いかに誠実であり続けるかは常に意識していました。

 

 

『アノネ、』ではアンネ・フランクだけでなく、ヒットラーの視点でも描かれます。登場させた意味などあれば教えてください。

 

『cocoon』を執筆中にオランダへ行き、「アンネの隠れ家」を訪問したんです。アンネ・フランクは聖なる少女、可哀想で健気で頭が良くてという風に偶像化されて、ほとんどアイドルのようになっていますよね。けれど、そういうイメージを持たれるのは、彼女が本当に願ったことなのかと。一方で、アンネを死に追いやった張本人のヒットラーも、悪の権化みたいに言われていますが、元々はただの一人の人間。そう考えて、一番対比させられる同時代のふたりを、同じ次元に置いた作品を描いたのです。

 



 

 

近代詩を読んで一気に作風が変わった

 

P175

 

戦争三部作は完結しましたが、戦争物はこれ以降も描かれていくのですか。

 

はい。きりがいいので三部作と言っているだけで、描き続けていきますよ。戦争は人類が存在している以上、逃れられないテーマです。ひとつの作品を書き上げるごとに、また別の題材を発見することも多いですし。今もいくつかテーマが見つかってきて、少しずつリサーチをしているところですね。

 

 

最近、世界情勢の変化が目立っていますが、戦争の作品を描いていて何か思うことはありますか。

 

本当に戦争が起きてしまったら、戦争漫画は必要なくなりますよね。もっと夢のある話だとか、皆が癒される話を準備しないといけないのかな、と思います。なので世界情勢が悪くなっている今、あまりリアルな戦争物は必要とされていないのでは、と感じることがあります。

 

 

ところでこのWEBマガジンは、萩原朔太郎の『月に吠える』から名前を取っているのですが、今日さんは萩原朔太郎の影響を受けているそうですね。

 

はい。2004年からネットで『センネン画報』という作品を一日一ページで描いていたのですが、最初は殴り書きのギャグ漫画みたいだったんですよ。何年か描き続けていて、このまま続けていても意味がないな、と。そのときに、そういえば私は詩が好きだったなと思い起こして、近代詩を読み返したんです。親が寺山修二を好きだった関係で、小さいころから詩に親しんでいたんですね。萩原朔太郎も含め、大人になって改めて読んだときに、一気に作風が変わった時期がありました。

 

 

具体的にはどのように変わったのでしょう?

 

『センネン画報』を読んでもらうと、絵柄やテイストが一気に変わった時期があるので、気づいてもらえると思いますね(笑)。萩原朔太郎は暗い詩が多いですが、リズム感が好きなんです。私も漫画を描くとき、コマとコマの間のリズムを重要視していて、そういうところで詩はとても役立ちました。

 

 

―そうだったのですね。これからも新作に期待しております。本日はありがとうございました!

 

 

あとがき

 

戦争を通じて少女たちを描き続けている今日マチ子さん。彼女の漫画は、戦争を知らない世代の若者たちの胸にも切なく響く。同時に、歴史の教科書には書かれていない多くの示唆を、私たちに与えてくれる。

 

時代がいつであっても、少女が少女であることは変わらない。等身大の彼女たちが発信するメッセージは、戦争という境遇の中で、より純度を増して響き渡っている。(取材・文 中澤雄介)