【エピソード4】壁一面に本棚のあるゲストハウス 旅人たちそれぞれの物語

目次

 

わたしたちを空腹にしないほうがいい

 

 

会いたいときに会っておかなければ。からだはここにひとつしかない。

『わたしを空腹にしないほうがいい(著:くどうれいん)』より

 

「今日さ、もう本当に、本当にどうしようもない日で。餃子食べに来た。ムカつくからたくさん頼んだらお腹パンパンで。また悪いクセ、ちょっとずつ注文ができない」

 

元気が無さそうだ、と思っていた親友から唐突に連絡が来た。一人で餃子をたくさん食べて、それでも自分に凹んでるなんて。食べる元気は何とかあるんだね。どうしようもない日は餃子だね、野菜もお肉も炭水化物も摂れるし、何よりおいしいものね、わかるよ。たくさん注文して食べきれない自分すら嫌になるくらい凹んでるの? 食べきれない分私が食べたいくらいだ。

 

何で私がこんな目に合わないといけないの? と思うときは日々の暮らしのなかにたくさんある。何も口にできないくらい凹んでいたって、それでも、私たちは菜箸を、箸を握って、食べていかないといけない。少なくとも、お腹いっぱいのときはお腹が空いているときよりメソメソしないから。

 

 

私と彼女は、前職の同期だった。きらきらした大きな瞳で、くるくると表情が変わる。明るい茶髪のショートカットがよく似合うはつらつとした女の子。知り合ったばかりのころは、こんなかわいい子と仲良くなれるだろうか、と内心尻込みした。小さな会社で、同期入社ふたりきり。いまいち会社に馴染めず、「社会人生活、思っていたのと違うかも」とモヤモヤを抱えていた私たちが打ち解けるのはあっという間だった。

 

アパートの周りには田んぼと市役所、ドラッグストアくらいしかないような地方の町。仕事終わりに社用車を借りて大きいスーパーに買い出しにいくのが私たちの一大イベントだった。生春巻き、カレー、タコス、手巻き寿司、天津飯、餃子。毎日のようにふたりで、ときには友人を招いて食卓を囲んだ。彼女の作るポテトサラダが好きだった。おいしさの秘訣はマヨネーズを思い切り使うことだと教えてくれた。

 

あんなに近くにいたのに、お互い転職を機に違う町に引っ越してしまって、今は往復6時間の距離にいる。遠くにいるのがもどかしい。できれば山盛りのご飯を一緒に食べられたら良いんだけど。ひとまず共通の友人たちに「あの子元気ないみたいだから私の代わりに会いに行ってハグしてきてよ」と片っ端から連絡をいれた。

 

友人の一人から、「代わりに!? 風音ちゃんは行けないの?」と返事が来た。あの子、気を使う子だからさ、元気なさそうだからはるばる会いにきた、なんて逆に気を使わせてしまうだろうから行かないほうがいいかと思って、と返事をして仕事に向かう。

 

この日は、ヨガのインストラクターをしている友人が、ピセのテラスでヨガのレッスンをやりたいと下見にやってきた。ヨガマットが何枚敷けるか、セットのご飯はどうしよう、一通り打ち合わせが終わったころ、「なんか元気ないねぇ!」と、思い切り抱きしめられた。そうか、元気がないのは私も一緒だったか。ハグってすごい。不思議と力が湧いてきた。ふと、彼女に会いに行こう、と思った。一人で餃子を山盛り食べて、それでも落ち込んでいる友人を抱き締めに行かないなんて。

 

「明々後日、仕事休みよね。予定ある?」

「ないよ」

「会える?」

「笑う、いらっしゃる? ほんとにすげぇタイミング、空いてるよ、会える」

 

一体何を渋っていたんだろう。電車で数時間なんて、あっという間じゃないか。一緒にお腹いっぱい美味しいご飯を食べよう。私たちは、私たちを空腹にしないほうがいい。明日も明後日も、前を向いて生きていくために。

 

 

旅に正解なんてない。旅程をつめて、観光名所を周り、名物を食べ尽くす。それも旅だ。宿や、ふらっと入った喫茶店にこもり、だらだら本を読む。それも旅。自分の部屋で読んでも響かない一節が、旅先では違って見えることもある。

 

旅は自分の体を遠くへ連れて行ってくれる。本を開けば心を遠くへ連れていける。旅に出ても、いつかは帰ってこないといけないし、どれだけ本に没頭しても、ページから顔を上げれば生活は続いていく。それでも人は今日も旅に出るし本を開くのだ。(文・風音)

 

ゲストハウス&バーPise

長野県長野市東後町2−1

WEBサイト:https://nagano-guesthouse.com

インスタグラム:https://www.instagram.com/guesthouse_pise_nagano

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