旅先で「私」に出会う
あれだけ変わった人が都会の片すみでひっそり生きていることを思うと、この日本にはどれだけの面白い人がいるんだろう。わくわくしてくる。
『パイナツプリン(著:吉本ばなな)』
お休みをもらって友だちと松本へ行ってきた。県内とはいえ、少し久しぶりの旅だ。ゲストハウスで働いていても、やっぱり泊まるのはゲストハウス。学生のころに一度お世話になった tabishiro さんへお邪魔することに。
雨が降ってきたので、散策は早めに切り上げて夜は宿に戻る。広くて明るい共有のリビングには、大きなテーブルにソファーが。初めは友人とふたりで話していたけれど、いつの間にやら宿のスタッフの方々、ほかのゲストの方の輪に加わっていた。
「お姉さんたち名前は?」と聞かれ、答えようとしたら「めぐみちゃんとあおいちゃんだよ」と向かいに座っていたおじさまに勝手に紹介される。えっ誰!? 私たち、めぐみでもあおいでもないよ。まぁいっか。そこから私たちはめぐみとあおいになる。
転職で長野に移住したという同い年の女の子、お山を歩く美容師さん、さわやかな笑顔を裏腹に下ネタをかますお兄さん、「あたしが部屋で倒れてもさ、どうせあいつは山に行ってると思われて誰も気づいてくれない! 孤独死まっしぐらだよ!」と嘆くお姉様……。旅、仕事、恋愛、長野のこと。さっきまで顔も何も知らなかった人たちと輪になって夜更かしをする。あぁ、旅の空気だ。
翌朝、友人より早く起きたので身支度をして、ラウンジで持ってきていた本を読んで待つ。吉本ばななさんの『パイナツプリン』。身の回りの愉快な人々のことをあたたかくつづったエッセイ。ゆっくり起きてきた友人が、共用の洗面所で身支度をしていたら、「お友だち、下で本読んで待ってたよ、いいの?あなたたち、自由な感じ?」と聞かれたらしい。
リビングでのおしゃべり中は、ときたま私が輪を外れて黙ってぼーっとしていた。「お友だち黙っちゃったけど大丈夫?」と聞かれた友人が、「ああいう子です、いいんです。今はほっといて欲しいとき。でもずっとほっとくとだめなの」と答えていた。つかず離れず。私たち、自由な感じです。
チェックアウトしたあと、友人と「おもしろい人たちだったね」「いろんな人おるね、わくわくするね」「やっぱ旅したいよね」と言い合って駅まで歩いた。
私にとって、一番の旅の魅力は、異なるバックグラウンドを持つ人々に会えること。そして、自分自身とも出会い直せることだと思っている。自分のバックグラウンドや、普段属しているコミュニティを知らない人たちに、自分のことを話す時間。「どうしてここに来たの?」「何してる人?」人々から投げかけられる、あなたは誰? という問い。
町に、日本に、世界に、まだ知らないおもしろい人たちがたくさんいる。そんな人たちとの出会いを通して、自分の知らない自分に出会いたい。さぁ次の旅先はどこにしよう。
*
旅に正解なんてない。旅程をつめて、観光名所を周り、名物を食べ尽くす。それも旅だ。宿や、ふらっと入った喫茶店にこもり、だらだら本を読む。それも旅。自分の部屋で読んでも響かない一節が、旅先では違って見えることもある。
旅は自分の体を遠くへ連れて行ってくれる。本を開けば心を遠くへ連れていける。旅に出ても、いつかは帰ってこないといけないし、どれだけ本に没頭しても、ページから顔を上げれば生活は続いていく。それでも人は今日も旅に出るし本を開くのだ。(文・風音)
ゲストハウス&バーPise
長野県長野市東後町2−1