【エピソード3】壁一面に本棚のあるゲストハウス 旅人たちそれぞれの物語

子どものころから、旅に出るときは本を一冊カバンに忍ばせていた。旅と本はいつもセットだ。25歳になった私は、思い立って仕事を辞めて、壁一面の本棚があるゲストハウスで働くことになった。

 

長野市にある、カフェバーを併設した、町にひらかれたゲストハウスPise(ピセ)。ここには毎日、いろんな人が集まってくる。旅人、移住者、学生、傷心の人、現実逃避がしたい人、地元の人々。人が混ざり合うこの場所では、日々ドラマが生まれる。

私にとっては「いつもの場所」、訪れる人にとっては「非日常」なこの場所で生まれる、人と本との出会いを綴っていこうと思う。

 

目次

ひとりでバカンスへ

 

 

バカンスの語源はヴァカント(vacant)、トイレの「使用中です/空いています」でいう、「空いています」を指す言葉だ。だから本当のバカンスは、厳密にいうと旅行ではない。空っぽになるためにわざわざ遠くに行く。暇をしに行くのだ。

『パリ行ったことないの(著:山内マリコ)』より

 

ミウラが長野にやってくる! ミウラは私の大学時代からの親友だ。小花柄のワンピースがよく似合う、お嬢様然とした小柄な女の子である。口を閉じてさえいれば。ひとたび口を開けばまぁよく喋る。一人称はワシ。この小さな身体のどこにこれだけのエネルギーが、といつも圧倒される。さながら小さな台風だ。

 

ミウラは運転が大の苦手だった。就職を機に車を買ったけれど通勤に使うのみで、「ワシは一生助手席でいい!」「デートは絶対助手席!」と何かにつけて豪語していた。そんな彼女が、自分の車を運転し、友だちを引き連れて長野にやってくるという。

 

去年の夏、ミウラは失恋をした。デートのたびに、車で彼女を迎えにくる人だった。この世の終わりかのように、何もしたくない、どこにも行きたくないと嘆く彼女をみかねた私と友人は、「一人旅に行きなよ」と彼女を説得した。

 

私も友人も、ちょうどそれぞれ一人旅を計画していた。読みたい本を持っていってさ、一人でゆっくりしたらいいよ。帰ってきたら私たちと読んだ本の感想を話そう。私は彼女に、かつて自分が落ち込んでいたときに読んで励まされた本、山内マリコさんの『パリ行ったことないの』を勧めた。

 

「ひとりぼっちは嫌いだけど、ワシは一人でも楽しめる人間なんだった!」旅のことを考えたら元気が出た、と弾みのついた彼女は、早速山奥の廃校を改装したゲストハウスの予約を入れた。勇気を出して、車で行くという。

 

「ねぇ初めて自力で自分の住んでる町の外に出た!!! 意外と運転出来たわ!」真っ青な青空と山脈、だだっ広い道の写真が送られてきた。こちらまでわくわくしてくる。泊まりに行ったゲストハウスは、あいにくコロナの影響もあり彼女以外の宿泊客はおらずスタッフも無人だったらしい。本を持って外に出て、一人でゆっくり読書をしているという。「おすすめの本、良かった!」と続けて連絡が来た。

 

彼女に勧めた『パリ行ったことないの』は、パリに憧れつつもパリに行ったことがない、年齢も境遇もさまざまな10人の女性たちの物語だ。彼女たちはフランスでの「バカンス」を通してゆるやかに邂逅する。

 

「道ゆくカップルを見ては、一人で山脈眺めてるだけの夏とかなんなの、って思ったりもしたけど、他の人より有意義に過ごそうとしなくていいんだわバカンスは、って思えた。観光地でちょっと景色見たらみんなが過ぎ去っていく山の麓でゆっくり本読むの、一人じゃないとなかなかできないわ」

 

一人旅から帰って来たミウラは、翌週私と友人をドライブに連れて行ってくれた。初めてのクルマ旅は彼女に自信を与えたらしい。運転席でぎゅっとハンドルを握り、まっすぐ前を向いたミウラは、「もしまたいつか好きな人が出来たら、星とかきれいな景色見に行きたいんだよね。ワシの運転で」と力強く言い放った。

 

どこにもいけない、と泣いていた彼女を知っている私と友人は、後部座席で肩を叩き合って泣いた。あれから一年。かつてあれだけ怖がっていた高速道路にのって、ミウラがやってくる。小さな身体で、大きな車を乗りこなして。

 

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