『第一回 ミントはどこへ消えた? 文学賞』受賞作品

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優秀賞『薄荷奴隷譚』西野文香

 

16世紀、明の鄭若曽(ていじゃくそう)が記した「籌海図編(ちゅうかいずへん)」は当時の東アジア海洋文化を知る上での重要書物で、そこには日本各地の様々な輸出品までもが描かれている。例えば、坊津の漆器・伽羅(ベトナムより入ってきたものを日本で香料として加工したもの)、博多の銀・絹、紀州の硝煙(鉄砲に使う原料として重宝されたものだが、アジア諸国のうちこの硝煙を生産していたのは日本の根来寺しかなく、これが鉄砲大名として知られた鈴木および本願寺の隆盛を支えていたことはあまり知られていない)。

 

当時においては、薄荷が東アジア(主にマレー半島)から流れてきたシソ科ハッカ属、つまりミントそのものあるいはその工芸品であると考えても不思議ではない。当時の大隅は、「日本一鑑」にも描かれる倭寇・辛五郎を頭とし、福建商人徐海と日本海南側航路において盛んに交流していた一大貿易都市であり、山東商人王直の取引が主だった博多、堺の日本海北側航路をとは明確に区別されていたため、その航路の性質上東南アジアの原産品と流入しやすい土地だったということは言えるだろう。

 

薄荷、そしてあるいはこれも東南アジアとの交易で手に入れたものかもしれない奴隷も、ロマンを掻き立ててやまないだろう。もしかすると、天文22年の嘉靖の大倭寇に沸く当時の大隅ではこんな光景が見られたかもしれないのだから。

 

日一日と太陽の照る時間が伸び、湿り気を帯びた季節風が東南の方角から強く吹き始める夏、それが別れの季節だということを女は知っていた。女の体になる前、故郷からこの遠い異国の地に連れて来られてから、この暑い季節を四度迎えた。眼下の大隅湾には、季節風を受けて色とりどりの帆をはためかせた無数の八幡船。穏やかな内海の波に揺れながら、湾を隔てた見渡す限りの真っ青な外海へと漕ぎ出すのを、今や遅しと待ち構えている。

 

自分さらった男たちが、また船に乗って別の女をさらいに行く、無垢な娘をさらいに行くのだと、女は思う。はためく帆は男たちの尽きない欲望のように、風を受けて猛々しい。そんな男たちが憎くて憎くて仕方がないのに、女は眼下の狂熱から目を背けることが出来ない。それは、やがてはるか水平線へと漕ぎ出し見えなくなる無数の船の中に、愛した女が乗っているから。

 

女の体になる前にさらわれた少女たちは、やがて女の体になるとまた別の場所へと連れられていく。潮風にさらされた頑強な八幡船に乗せられ海の向こうへと消えた女は、二度とこの地へ戻って来ない。女にその順番が回って来なかったのは、最初の航海の際、過酷で不衛生な船旅によって右足が壊疽してしまったせいだった。

 

もはや売り物にならなくなった女は、不自由な足で港へ駆けて行くこともできず、ただ自らが暮らす館の庭に立って瞳を開いていることしかできない。女は美しかった。右足を失っても、この港を仕切る辛五郎と呼ばれる倭寇の情婦として寵愛を受けるほどに美しかった。しかし、それが幸運だったとは女は思っていない。願わくば、自分と共にさらわれ、八幡船の船底で互いの体を温めあった愛するあの女と、最後になるであろう船旅を共にしたかった。

 

しかし、その願いは適わない。愛した女は海の向こうへと消えていく。故郷から一緒に盗まれてきた薄荷の生い茂る館の庭で、その草いきれに咽びながら女は声をからす。一際強い東南の風に吹かれ、いよいよ船は漕ぎ出していく。体に残るあの女の温もりの記憶さえさらっていくような、蒸し暑い夏の風。やがて船は水平線へと消えていく。その時にはもう女の声も枯れ果てていた。

 

 

特別賞『ミントはどこに消えた?』菜蕗萌唯

 

ミントの苗を買ってみたのは、ただの思いつきでした。 僕の日々は単調です。ありがたいことに平和です。小さなバーをやっていて、常連さんもおり、今のところ順調です。僕は平和を愛しています。だからとても、幸せです。

 

だけどあまりに平和なので、ある夏の日、僕は少しだけ刺激を求めてみました。モヒートに入れるミントを、自分で育ててみようと思ったのです。きりっと辛くすっきりとしたミントの如く、僕の日々に、ほんのちょっとの変化と刺激をば。

 

そして開店前、店の近く園芸店で、ミントの苗を買ってみました。

 

「手をかけなくても育ちますから。でも陽当たりは気にしたほうがいいですね」

 

店員さんがそう言うので、店の扉のすぐ横、陽当たりの良い外で育てることにしました。

 

「ミントの苗買ったんです」

 

「へぇ、なんでまた」

 

「新鮮なミントでカクテル作りたくて。摘み立てミントのモヒートはどうですか」

 

「そりゃいいね」

 

適当に相づちを打つのは、常連の某氏です。彼は必ず、一杯はモヒートを飲んで帰ります。そして全てのお客さんを見送ると、店を閉めて、家路につきました。

 

そして、夜が明けます。ミントのことが気になって、僕はいつもより早めに店に向かいます。僕の日々は単調です。ありがたいことに平和です。だけどミントのおかげで、少しだけですが日々に刺激がありそうです。

 

しかし店に着いて僕が受けた刺激は、最早刺激というより衝撃でした。
ミントが店の前から、忽然と姿を消していたのです。

 

誰かが盗んだのか? 買ったばかりなのに! ちくしょう!
とはいえ、犯人の検討もつきません。だから僕は急いで、昨日と同じ店に行き、もう一度ミントを買いました。

 

「手をかけなくても育ちますから。でも陽当たりは気にしたほうがいいですね」

 

店員さんはおそらく、ミントを買う人には同じことを言うのでしょう。

 

「ミントの苗、無くなっちゃって」

 

「へぇ、なんでまた」

 

「盗まれたのかな。でも、急いでまた買って来ました。だから今日も新鮮なミントです」

 

「そりゃいいね」

 

某氏と僕のやりとりだって、毎日似たような話題です。でもそれでいいのです。毎日平和な証拠です。某氏と、そしてほかのお客さんを見送って、店を閉めて、家路につきます。

 

そしてまた夜が明けます。僕は早めに店に向かいます。だけどまたしても、ミントは無くなっていたのです! またか、ちくしょう! こうなりゃ意地だ!

 

僕はまたミントを買いに行きます。「手をかけなくても育ちますから。でも陽当たりは気にしたほうがいいですね」

 

店を開けると某氏がやってきて、「ミントの苗、また無くなってました」「へぇ、なんでまた」「やっぱり盗難かな。でも屈するのは悔しくて。また買って来ました。だから今日も、新鮮なミントです」「そりゃいいね」そして某氏とほかのお客さんを見送り店を閉め家路につきます。

 

だけど夜が明けて店に向かうと、どういうわけか、ミントは消えているのです。だから僕はミントを買いに行きます。そして某氏がやってきて、モヒートを出して、某氏とほかのお客さんを見送って、家路について。そして何度でも夜は明けます。夜が明ければ店に向かいます。

 

だけど何度でも、ミントは店の前から忽然と消えてしまのでした。僕は混乱しました。疑問と怒りがぐるぐると、頭と身体を駆け巡ります。

 

しかしある時、あることに気付きました。そういえば僕の毎日は、いつから夏の日だったのでしょう。思い出そうにも、もうずっと僕の単調で平和な日々は、夏の日なのです。「ミントを育てよう」そう最初に思った日よりも、ずっと前から。ふと振り返ってみれば、もう気が遠くなるほど、僕の毎日は夏の日の連続なのです。

 

どうやら僕は、単調で平和な日々を愛するあまり、単調で平和な夏の一日に閉じ込められてしまったようです。ミントは盗まれたわけでも、消えてしまったわけでもありません。夜が明けると、また同じ日の朝なだけなのです。「ミントを育ててみよう」と思った、或いはそんなこと思ってもいなかった、ミントが存在しない単調で平和な夏の日の朝に戻るだけなのです。

 

それでも僕は、ミントを買いに行きます。そして某氏に新鮮なミントでモヒートを作ります。きっと夜が明ければまた、ミントの存在しない夏の日の朝でしょう。でも別にいいのです。僕はこの、単調で平和な日々を愛していますから。僕が望んだ世界ですから。

 

だけどもし、この単調で平和な日々から抜け出したい、そう本気で思う日が来たら?  そのときは、夜が明けてもミントが店の前にあるはずです。良からぬ輩が、ミントを盗んだりしない限りは。

 

特別賞『これから』ごとうかずふみ

 

(1)

消しゴムをなくした。消しゴムがなくなった。消しゴムがどっかいった。消しゴムが逃げた。

 

後になるにつれ、責任も私から逃げて行ってくれるような気がする。その空白を埋めるのは、物に見捨てられた可哀相な持ち主という同情か、はたまた、物の意思を重んじる寛大な人という尊敬か。何であれ、私のせいでなくなればいい。そう、私の力の及ぶ範囲じゃなかった。だから、ミントがいなくなったからといって、自分を責めなくったっていい。

 

正直、ミントが軒先から姿を消していても、またか、としか思わなかったのだ。だからこそ、開店準備をしようと店に降りた。鉢を脱ぎ散らかし、土を払って、悠々とバーカウンターに座るミントを叱る気でいた。ところが、ミントの姿は見当たらなかった。狭い店なので、隠れる場所は碌にない。ある夏、水を飲みに駆け込んでいたことがあったので、トイレも覗いた。どこにもいやしない。

 

私は一人、カウンター席に座ってぐるぐる考え始めた。

 

ミントの失踪だなんてよく聞く話だ。外飼いだとやはり脱走も起こりやすいそうだ。けれど、家のミントは中に入りたがった。日光と風通しに恵まれた屋外よりも、薄暗い地下にある店内を好んだ。父と母が亡くなってから、私は店をほとんど開けなくなったので、その癖は治るかと思いきや、ピッキングという更なる悪癖を身につけてしまったため、開店しようがしまいが、私は店に必ず降りてこなければならなかった。

 

侵入の常習犯が、今更ミントの本来の習性に目覚めたんだろうか。それにしては鉢がなかった。ならば誘拐か。いや、芽吹いたばかりの嬰児ならいざ知らず、あいつは私と同い年の二十で、もういい年こいたババアだ。それなりに葉が茂っていて、背たけもわっさわっさと煩わしい。

 

ということは徘徊か。可哀相に、とうとうあいつもそちらへと進むことにしたらしい。年寄り扱いすると怒っていたが、寄る年波には勝てなかったようだ。一晩もすれば戻ってくるだろう。私は「本日休業」の看板を提げ、一階の住居部分へと上がっていった。

 

(2)

私の予想に反し、ミントは三日経っても帰ってこなかった。四日目の朝、私は迷いミントの広告を作ることにした。これまでに出ている迷いミントの広告を参考にしようと、新聞をめくる。写真がついていたり、特徴や性格を事細かに書いていたりなど、さほど予想は超えていなかった。けれど、ある大前提が私を動けなくさせた。

 

品種。私が生まれた日に父が種を買ってきて、それを鉢に植えたのだが、種の袋などとうの昔に捨ててしまっている。誰も品種など気にしたことなどなかった。慌てて図鑑を引っ張り出し、写真と照らし合わせてみた結果、おおよその見当はついたが、断定はできなかった。

 

写真もまた、ミント単独のものは見つからなかった。どれもこれも家族と一緒に撮ったものばかりだった。しかたなくその写真をまたカメラに収め、新たに撮った方からミントのみを切り出した。

 

品種を「恐らく」とうやむやにし、不格好な写真を添付して新聞社に投稿した。

 

少し文面を変えた広告を、ミントの定位置に貼りつけた。望みは薄いが、かつての常連さんが連絡をくれるかもしれない。縁を絶やした自分を恨んだ。

 

(3)

相変わらずミントは見つからない。まだ私のことを心配してくれる常連さんたちがいるというのには驚いた。そればかりか、両親のことを引き合いに出したり、直接訪ねてきたりする人は一人もいなかった。私もこれくらい理解できていればよかった。

 

(4)

保健所へ行ってきた。ひしめき合うミントたちを見分けられずじまいで帰宅した。増殖防止のためとはいえ、植えられることもなく大部屋に放り込まれただけの膨大なミントたちのむき出しの根が眼前にちらついた。すぐに飼い主が見つかるからだと言い聞かせながら眠りについた。

 

(5)

ミントショップへ入った。種と小さい苗しかいなかった。いっそのこと、全く違うミントを育てようかとも思ったが、来た時と同じままで店を出た。人でなし。

 

(6)

家のチャイムが鳴った。すぐさま玄関を開けると、お巡りさんが立っていた。逮捕されるんだと覚悟を決めると、こちらはお宅のミントですか、と訊ねられた。お巡りさんが体を横にずらすと、そこには根で鉢を引きずりながら小さくぐるぐる回っているミントがいた。

 

いつものように鉢をほっぽり出さないでいてくれてよかった。多少葉は抜け落ちているけれど、確かに家のミントだ。お礼を言いつつ、どうしてわかったんですか、と訊ねると、保護しようとしたところ逃げ出したので、追いかけると、家の前で旋回しているのを見つけたとのことだった。

 

再びお礼を述べ、ミントに声をかける。ミントはぴたりと動きを止めた。そして、ゆっくりと葉を閉じ、ゆっくりと開いた。幼い頃の記憶と、図鑑で得た最近の知識が蘇る。それは、「初めまして」の挨拶のはずだった。

 

特別賞『ミントはどこへ消えた?』宮本享典

 

東京二十三区に住んでいると、子供時代に見た、緑に包まれた田園風景が無性に恋しくなる時がある。これも歳のせいだろうか。ときたま週末にトレッキングに出向きはするものの、帰路の疲れと切なさは休日の最後にはちと気分を重くさせがちである。ヨーロッパから東京へ来る観光客は、延々と続くコンクリートジャングルに少々薄気味悪さを感じるそうである。やはり生活には緑が必要である。

 

×

 

ある休暇の午後、私は別の買い物をしに立ち寄ったホームセンターで、見るともなく園芸コーナーを冷やかしてみた。小さな芽を出した小振りのプランターが二段三段と陳列されている。聞いたことのある苗もあれば初めて見る苗もある。さて、どれを選んだものかと、ついつい買う気になっていた。これとこれとこれ。当てずっぽうに知った名前の苗を三つ選んだ。ミント・パセリ・バジルである。どれも食用になるので、もしうまく育てられれば食の楽しみが増える。

 

この苗の育て方を年老いた店員に訊いてみた。

 

「そんなに難しいもんじゃないよ。これ、あげるから」

 

育て方が書かれたパンフレットを貰う。

 

「お客さん、お疲れ気味かな」

 

「なんでそんな事が?」

 

「花言葉ってあるでしょ。あれは持ち主に足りないものを言いあててるんです。例えば、このミントなんかは『美徳』『爽快』『もう一度愛して下さい』って言うんです」

 

「ほう」

 

私には美徳と爽快感と愛が足りないのか。

 

「で、その足りないものが満たされると、消えちゃうんです。鉢植えごと」

 

「うん?」

 

もともと植物は一カ所に自生しているものだから、この『消えてしまう』神話には疑問符がつく。後世に付け加えられた都市伝説だろう。

 

「で、パセリやバジルなんかにもあるの。その花言葉は」

 

「パセリが『祝祭』『勝利』、バジルは『好意』『神聖』でね。他にもたくさんあるよ」

 

花言葉にはポジティブな要素が多分にあるらしい。昔からポジティブなものが足りない人が多いのかしらん? 私は会計を済ませて家路についた。

 

×

 

「おかえり。それなに?」

 

妻にミント・パセリ・バジルの苗を見せる。

 

「あら可愛いじゃない」

 

「たまには君にプレゼントでもと思ってね」

 

思ってもない言葉が咄嗟に出た。

 

×

 

それからというもの、妻はなにかと鉢植えの世話をやき、一緒に夕食を摂るときには必ず話題にした。「これはデザート」と妻は言って、スーパーで買ってきたアイスの上にミントを乗せて二人で食べた。久しぶりに笑顔を見た気がした。食の話が手始めとなって週末は二人でガイドブックを参考に都内を食べ歩くようになった。

 

そのついで、妻はたびたび美術館へ行きたいとせがむようになった。妻にそんな趣味があるとは気が付かなかった。いつしかトレッキングも二人で行くようになった。その帰り道も、なんとなし気分が華やいだ。夕日に沈む高尾の山陰が美しかった。憂鬱はなかった。ここへきて初めて自分たちの生活にようやく馴染んできたような気がした。お互いの関心がお互いの興味するものへと移っていった。自然と互いを思いやるようになった。妻はよく微笑むようになった。今更ながら、やっと妻と本心から知り合えたと実感が持てた。

 

×

 

ふと鉢植えに目をやった。パセリはある。バジルもある。ミントはどこへ消えた?

 

 

特別賞『尋ね』秋錵

 

ベロア調のスツールに腰をかけて一人の青年が場末のようなこの港街のスナックのママに話を聴いている。青年のこの街に不釣合いな真面目な出で立ちにママは不信感をはじめは抱いていたママだった。しかし、青年の少し草臥れたような手篭めにでも出来そうに弱った様子に興味があって話をしてやることにした。

 

スナックはカウンター5席の狭い店で薄暗い。50代のママの化粧粉の香りは開店前の二人っきりの世界では避けることは出来ずママをあまり直視できないが、店を切り盛りするだけはあって艶っぽい人だった。

 

「あの子がそんな立派なことをするなんて。本当にどうしようもない子だったのよ。」

 

驚きはしたママだったが、どこか気のない台詞だった。

 

「あの子はどうしようもないお馬鹿さんだったわ。ほんの数ヶ月しかこの街にはいなかったみたいだけど、あの子のお馬鹿さんは語り告がれるわよ。」

 

青年はあの子とママに呼ばれる男について話を聴きにきたのだ。男は猫背で小柄な腰巾着を絵に描いたような男だった。

 

「そうそう、私をお母さんなんて慕ってくれたけどたまにお父さんなんてよんだりね。お漬物が腐ってるっていってみんな食べてみたり、記念硬貨の存在知らなくて変な500円玉があるからくれっていったり。」

 

青年は少し期待はずれだった。ママは真剣に話を聴いてくれる青年が気に入ってきていた。

 

「表のミントの鉢あるでしょ?モヒートなんか作るために育ててるんだけど。いい香りなのは、あのお馬鹿さんでもわかったんでしょうね。あんまりクンクン嗅ぐもんだから、それ麻薬で高く売れるわよって騙したりもしたわ。その時のあの子の顔ったら、拍子ぬけの面白い顔して絶句だったわ。」

 

青年はこのスナックではあまり釣果は期待できないと感じ、切り上げる素振りを見せ始めた。この人がルーツのような気がするが、青年は経験からもう話は聴けそうにないと考えた。

 

ママは一頻り青年の意識を釘付けに出来たことが満足らしい。青年は黒い手帳に何やら書き込むと、腰をあげはじめた。するとママは何やら思い出したように手招きした。

 

「そうそう、次の日ミントの鉢がなくなってあの子もいなくなったの。あの子の罪状に追加しといて頂戴。ミント泥棒ってね。」

 

青年はもう一度黒い手帳にペンを走らせた。

 

特別賞『』太郎川ジュン

 

コンビニから出た瞬間、洗剤の匂いに気がついた。ブラウスの胸の辺りをつかんで嗅いでみると、やはり、微かだが鼻につく人工的な香りがした。昨夜から今朝にかけての移り香であるのは間違いない。服なんて早々に脱いでしまっているのに、どうしてこういうことが起きるのだろう。

 

洗剤だか柔軟剤だかのきつい匂いをさせている男は好きではない。既婚者の場合、そこに妻の策略を感じるからだ。「奥さんにお洗濯してもらっているのね」と周囲に思わせて、夫の手綱を締めている気がする。男はすでに去勢された犬なのに、自分ではその事実に気づかず、すました顔で言い寄ってくる様が滑稽だ。もちろん、わかっているのに流される自分が一番滑稽なのもわかっている。

 

白々と照りつける日差しに汗が噴き出す。暑さによるものとは別の脂汗も背筋を伝い、頭から血の気が引いていく感覚がある。一度気づいてしまうと、甘ったるい香りが気になって吐き気がしてきた。二日酔いだ。ここ数年、少しの酒でも必ず持ち越すようになってしまった。早く家に帰らないと倒れそうだ。

 

暑さのせいか人通りもない。狭い路地をふらふらと歩いていると、建て売り住宅の玄関ポーチに、いくつもの鉢植えが置かれているのが目に入った。手入れが行き届いているようで、それぞれの鉢で異なった花が色とりどりに咲いている。その中でひときわ地味な草の鉢に目が止まった。草花の名前なんて知らないが、10cmほどの小さなポットにプレートが差してあるからわかる。ミントだ。

 

緑の鉢植えを見つめて、しばし立ち尽くした。家の前には子ども用の派手な自転車が置かれ、その足元にサッカーボールがある。4人乗りのコンパクトカーが日差しをじりじりと照り返して、小さな陽炎を作っていた。

 

私は素早く周囲を見渡してからかがみ込み、右手に提げたコンビニの袋に、ミントの植わった白い鉢を突っ込んだ。思いのほか大きな「ガサリ」という音に頭の毛穴が開き、汗がどっと溢れる。

 

一瞬のち、何事もなかったようにすいと立ち上がり、少し足を速めてアパートへ急いだ。コンクリートの階段を3階の自室まで駆け上がったときには、前髪が額に張りつくほど汗だくだった。

 

安普請の玄関扉を開け、パンプスの散らかった玄関で靴を脱ぎ捨てる。もっとマシな給料をもらってさえいたら、誰が好き好んでこんな部屋に住むか。毒づきながらベランダのサッシを開け、洗剤臭いブラウスを脱いで外置きの洗濯機に突っ込んだ。

 

同世代の友人はみんな、旦那と子どもと一緒に新築のマンションに住んでいる。キャミソール1枚で洗濯機のスイッチを入れ、水が溜まるのも待ちきれずにビニール袋からミントの鉢を取り出す。私は何も悪くないのだ。ミントの茎をしごくようにして、一気にその小さな葉を引きちぎると、洗濯機の中に葉っぱを投げ込んだ。乱暴に置いた白いポットが倒れて、ベランダの床に土がこぼれて散らばった。
軽く肩で息をして、ぼうっとしながら洗濯機の中を眺めた。水底に沈むブラウスと、そこに注ぐ透明な水。ぐるぐると弄ばれる小さな緑のかけらが美しかった。

 

サッシを開けたまま、ベランダに枕を向けたベッドに倒れ込んだ。程なく洗濯機に水が満ちたらしく、ブン、ブンという回転音が聞こえ始めた。ブンちゃぷ、ブンちゃぷん。心地よい水音とともに、意外なほど強く、薄荷の清潔な香りが漂ってきた。

 

背中の汗が気持ち悪いし、ストッキングぐらい脱がなければ。このまま寝たら熱中症になるかも知れない。そう思いながら、私はミントの香りにごまかされて、眠りの淵に落ちていくのを感じた。

 

 

第3回月に吠える文学賞の募集も受付中です!(~2015年12月20日まで。詳細は公式サイトを参照)

photo by Hidetsugu Tonomura