挫折したあなたへ 意外と簡単『ドグラ・マグラ』の読み方のコツを徹底解説

『ドグラ・マグラ(著・夢野久作)』、読書好きなら誰しも一度くらいは耳にしたことのあるタイトルでしょう。

しかし、興味はあるが手に取るのを躊躇している方、読んでみたけど挫折してしまった方も少なくないのでは。本書は「日本三大奇書」の一冊に数えられ、「読み終えると精神に異常をきたす」という都市伝説がある、上・下巻で720ページの大作です。前評判がどうにも芳しくないうえに、内容を理解することはおろか、最後までページをめくることすら難しい本書の構成・読み方を紹介します。

(一部、現代の社会通念に照らして不適切な表現が見られる部分がありますが、時代的背景を考慮し、初出のまま掲載いたしますことをご了承ください)

目次

『ドグラ・マグラ』は八部構成

『ドグラ・マグラ』はなかなかの長編小説です。加えて、なんの説明もなしに、やれ狂人の独白だの、トンデモ理論の論文だのが錯綜し、読みにくいことこの上ないのです。実際に読む前に、どのような構成になっているか把握してしまわないことには、脳が疲れすぎて本当に精神がどうかしてしまうことでしょう。では早速、文の構成を見ていきます。

この小説は、ざっくりと以下の八部に分けることができます。

(1) 巻頭歌 短い詩

(2) 「私」の一人称視点での経験 精神病院で先生やヒロインと出会う

(3) 「キチガイ地獄外道祭文」 風刺歌謡の歌詞

(4) 「地球表面は狂人の一大解放治療場」 精神病治療に関するインタビュー

(5) 「絶対探偵小説 脳髄は物を考える処に非ず」 脳機能に関するインタビュー

(6) 「胎児の夢」 胎児が先祖の記憶を見ることに関する論文

(7) 「空前絶後の遺言書」 遺書の形式をとりながら、問題となっている事件の詳細が明かされる(遺書の中に、映像の紹介、さらにその映像の中に殺人事件の証言・証拠録というように複雑な入子構造になっている)

(8) 「私」の一人称視点での経験 「私」の正体や事件の真相についての考察

 

基本的には精神病院で目覚めた「私」が正木博士や若林博士と会話をしながら、過去に発生したいくつかの殺人事件の謎を解く、というように話が進行していきます。主に心理学や脳科学に分類されるような議論が延々と連なっており、それを踏まえた上で事件に対する推理がなされるという形式がとられています。

ただし、小説内で主人公の読む資料が、そのまま現実の小説の文章として提示されるために、異様にややこしい八部構成が出来上がってしまっているのです。

作中の用語解説

前項でご紹介した通り、作者オリジナルの学術用語がたくさん出てきます。雰囲気をつかむためにも、少しだけ予習していきましょう。

⑴「心理遺伝」

先祖が獲得した習慣が、子孫に引き継がれること。特定の事物と接触することで、特定の動作が引き起こされる。一族の中で引き継がれる特殊なタイプの心理遺伝と、人間が皆持っている普遍的なタイプの心理遺伝がある。

(2)「胎児の夢」

普遍的なタイプの心理遺伝の現れ。人間が、単細胞生物から魚、獣を経て人間に進化するまでの過程を、胎児は母親の胎内で悪夢として追体験している。

(3)「脳髄論」

脳髄は物を考える処ではなく、思考や知覚は全身の細胞が行なっているという理論。脳は、それらの情報を反射・交感しているに過ぎない。

(4)「ドグラ・マグラ」

小説と同じ題名を持った作中作。精神病院の青年患者が書き上げたものという紹介がある。内容は実際の小説『ドグラ・マグラ』とほぼ同じらしい。しかし小説の終わりが「……ブウウウ…………ンン…………ンンン…………」であるのに対して、作中作の最終の一行が「……ブウウ――ンンン……ンンンン……」と「ン」の数が違っているため、小説『ドグラ・マグラ』=作中作『ドグラ・マグラ』かは微妙なところ。ただここに現れている「同一性」や「ループ構造」は、全体を通して重要なキーワードになってくるので要チェック。

読むときの心構え2つを伝授

ここまで読んでみて、そろそろ頭がこんがらがってくる時分でしょうか。でも大丈夫です。『ドグラ・マグラ』読破にはいくつかコツがあります。その心構えを2つ伝授したいと思います。

(1)「ドグラ・マグラ=RPG」説

RPGというのは、ドラクエ的なアレのことです。RPGの主人公はダンジョンや街を探索する中で、タンスを開けたり机を調べたりして資料を読みますよね。そして、ゲーム内で主人公が読んだ文章が実際のゲーム画面にも反映されて、生身のプレイヤーである私たちも読めるようになるわけです。

それは、『ドグラ・マグラ』でも同じことです。主人公は私たち読者の代わりに文章を読んでくれて、それが小説の文にも反映されます。その情報をそこそこに踏まえながら、話の流れに身を任せる姿勢がこの小説を読破するためには必要だと思われます。RPGの主人公をプレイヤーが見るように、小説の中の「私」の行動に素直に共感しつつも同時に客観的に彼を見るという方法が、小説を読みやすくするコツの1つと言えるでしょう。

『ドグラ・マグラ』は幸いにして、登場人物はそこまで多くないので主人公視点で固定して読もうと決めてしまえば迷うことなく読めると思います。

主人公に対する我々の姿勢以外にも、RPGに学べることがあります。RPGであれば1度行った場所に戻ること、画面に出てきた情報をスキップしてしまうことも可能です。読み進めるのに困った時は、このようなやり方も参考にすると案外スラスラいくかもしれません。

(2)「ドグラ・マグラ=与太話」説

まずはこの文を見てください。

又その先に並んだ数層の硝子戸棚の中に陳列して在るものは……

――並外れて巨大な脳髄と、小さな脳髄と、普通の脳髄との比較(巨大な方は普通の分の二倍、小さい方の三倍ぐらいの容積。いずれもフォルマリン漬)――

――色情狂、殺人狂、中風患者、一寸法師等々々の精神異状者の脳髄のフォルマリン漬(いずれも肥大、萎縮、出血、又は黴毒に犯された個所の明瞭なもの)――

(中略)

――同じく精神病者が自分で斬り棄てた左手の五指と、それに使用した藁切庖丁――

――寝台から逆様に飛降りて自殺した患者の亀裂した頭蓋骨――

――女房に擬して愛撫した枕と毛布製の人形――

――手品を使うと称して、嚥下した真鍮煙管――

――素手で引裂いた錻力板――

――女患者が捻じ曲げた檻房の鉄柵―

病院の棚にあったものが羅列されているだけなのに何だ、この威圧感は……。『ドグラ・マグラ』は、文字の見た目で攻撃してくるタイプの小説なので雰囲気だけ味わっておけばいいんです! 何となくの空気感がわかったらあとは流し読みでOKです。

次はこの文です。

晨に金光を鏤し満目の雪、夕には濁水と化けして河海に落滅す。今宵銀燭を列し栄耀の花、暁には塵芥となつて泥土に委す。三界は波上の紋、一生は空裡の虹とかや。況や一旦の悪因縁を結んで念々に解きやらず。生きては地獄の転変に堕在し、叫喚鬼畜の相を現し、死しては悪果を子孫に伝へて業報永劫の苛責に狂はしむ。その懼怖、その苦患、何にたとへ、何にたくらべむ。

まるで古文だ……。このように容赦無く、現代に無い形の文書が提示されます。この調子で数ページ続きます。嫌ですね。わざと読みにくく書かれているようで、後々小説中で古文書の内容の解説が入ります。よって、こういった部分も読み飛ばして結構です。

 他にも、「スチャラカ、チャカポコ。チャチャラカ、チャカポコ……」「お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様。あんまりですあんまりですあんまりですあんまりですあんまりです」のように、恐ろしく読みにくい言い回しが出てきますが、同様に、気にせず適当に読んでください。

 『ドグラ・マグラ』では読者を煙に巻くような事態が、ミクロな表現の単位でも、マクロなプロットの単位でも起こります。いちいち真に受けていると話の筋が把握できなくなりますから、だいたい与太話、つまりデタラメだろうなと思って読むくらいが丁度いいでしょう。 

おわりに

 『ドグラ・マグラ』は、小説の世界観と上手な距離を見つけて読むことができれば、スケールの大きなミステリーとして楽しめる小説です。おそらく、この小説を完全に理解することは誰にとっても不可能なことでしょう。一方でそれは、主人公は一体誰なのか、人間の脳とは一体何なのかと、さまざまな観点から自分なりの解釈が楽しめるということでもあります。何だか分からないまま終わってしまっても、妖しげな雰囲気を味わうこともこの小説の醍醐味ですからいい読書経験になること間違いなしです。

この記事を読み終わった今、『ドグラ・マグラ』はもう怖くありません。いますぐ本を手に入れて、この小説にじっくり取り組んでみてはいかがでしょうか。(文 みやした)

やっぱり読めない人へ

 いきなり長編というのは、ハードルが高いのは当然です。短編から肩慣らししていくのも手です。『死後の恋: 夢野久作傑作選』として新潮文庫で刊行されている短編集は、夢野ワールド全開でありながら短く読みやすい小説が揃っていておすすめです。表題作『死後の恋』は、元貴族の青年兵士と美少年兵士の交流に関する耽美的な物語ですから、刺さる方にはめっぽう刺さるのではないかと思います。まずはこちらからというのも、面白いでしょう。

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