不便だからこそ面白い 「不便な本屋」が仕掛ける、見知らぬ人との手紙交換に込めた思い

知りたいことがあれば一瞬で調べられる、遠く離れた家族や友人と無料で通話できる、スマホでポチると欲しいものが翌日に届く……一昔前からは考えられないほど、世の中は便利になっています。今後もその流れは加速していくでしょう。しかし、そんな生活に慣れきっている私たちは、便利さの恩恵を受ければ受けるほど、大切な何かを失ってはいないか。便利な暮らしは、本当に豊かで幸せなのか。

小田急線・祖師谷大蔵駅から徒歩2分の場所にある「不便な本屋」は、そんなことを考えるのにうってつけかもしれません。店名の通り、あえて「不便」にこだわっている同店には、どのような思いが込められているのでしょう。ほかの書店にはない「本を通じた手紙交換」という取り組みはどういったものなのか。店主の“ざき”さんにお話を伺いました。

目次

 あえて不便を楽しむ生き方を見せたい

「不便な本屋」店主のざきさん

 

――「不便な本屋」さんは、一見すると普通の古書店のように見えますが、どのような特徴があるのですか。

 

当店は、「本を勧めたい人」「その本を読みたいと思った人」の間で、手紙交換をしてもらうことで成り立っている書店です。まず「本を勧めたい人」は、誰かに読んでほしい本をお店に寄付していただきます。併せて、その本の魅力や思い出、どういう人におすすめしたいか、などをポップに書いてもらい、店頭に並べます。それを見て「読みたい」と思い、買ってくださったお客様に、ポストカードをお渡しする。そして、寄付してくださった人にお手紙を書いてもらうのです。

お手紙はお店で預かり、寄付してくださった人に届けます。なおかつSNSにもアップすることで、本を通じて生まれたやり取りをたくさんの人に見てもらえるようにしています。

 

――ネット書店やネットオークションでは、本を売りたい人と買いたい人が出会えますが、やり取りは基本的に事務連絡だけです。古書店でも、本を売った人と買った人は接点がない。そこに「ポップ」「手紙」でつながりを持たせた、ユニークな取り組みですね。

 

ポイントとして、本を寄付してくれた人と購入してくれた人は、お互いがどんな人か、あえてわからないようにしています。そこに面白さや不思議さがあるというか、「どんな人なのかな?」と想像してもらうほうが楽しいのかなと思っています。お二人が偶然お店に居合わせて、仲良くなったこともありましたけどね()

お客様から寄付いただいた本とポップは、このように店内に並ぶ

 

――あえて「不便」を取り入れることは、時代と逆行しているように感じます。なぜ「不便な本屋」なのですか。

 

本屋を始めるにあたって、普通のお店では勝ち目がないだろうし、資金もノウハウもないので、何か面白い形でできないかと考えていました。そんなとき、少し前から生産性という言葉をよく見聞きするようになったことを思い出して。私は物事を効率よく進めるのが苦手ということもあり、そういった世の中の流れに抗いたい気持ちがありました。同じように、便利な暮らしよりも、不便のなかで面白さを探すほうが好きだなと。

便利と不便、どっちが良い、悪いではないけれど、あえて不便を楽しむ生き方もあるよということを、小さいながら見せられたらなと思い、「不便」というコンセプトにしたんです。

 

――今はネットで誰とでもつながれる一方、関係性が希薄になったと言われますが、ざきさんはお店を通じて「人のつながり」を見直したい、大事にしたいという思いもあるのですか。

 

そうですね。ただ、以前の私はつながりという言葉が苦手で、気持ち悪いな、嫌だなと思っていました。けれどそれはコロナ前の、人と気軽に会える前提のもとだから言えていたんです。コロナ禍になって初めて、人とのつながりの大切さを再認識しました。

でも、コロナに関係なく、そもそもつながりを感じにくい社会でもあるんだ、と感じたことがあって。であれば、おこがましいですが、つながれる機会を提供したい、つながりの大切さを経験してほしいと思い、手紙のアイディアが浮かんだんです。

多くの人のサードプレイスになりたい

不便の中にも面白さがある、という思いが詰まっている

 

――書店を始めようと思った経緯を教えてください。

 

「不便な本屋」は、ダイニングカフェ&バー「b.e.park」内にあるのですが、オーナーから「お店を自由に使っていい」と言ってもらったのがきっかけで始めました。ずっと本屋さんをしてみたかったんです。

最初は「どこで本を仕入れるのか」「値段はどのくらいにすればいいのか」「お店の認知度を高めてお客さんに来てもらうには」など全然わからないので、手探りで進めながら学んでいきましたね。

  

――お店である以上、利益を出すことも必要かと思いますが、そのためにどんな工夫をしているのでしょう。

 

最初は自分の好きな本ばかり置いていたのですが、全然手に取ってもらえませんでした。町の本屋として機能するお店を目指していたので、お客さんたちにどんな本に興味があるのか直接聞くようにしました。そして半分はお客さんが必要としていそうな本、もう半分は自分が読んでほしい本を置くことで、ここに来れば何かしらあると思ってもらえるように工夫しています。

また、選書はオーナーと二人で行っているので、被らないようにしています。オーナーは働き方や地域関連の本を、私は詩集を選ぶことが多いです。今後はZineやリトルプレスも扱いたいと思っているので、委託販売も大募集中です!

 

 ――今は読書離れと言われ、書店の数も減っていますよね。改めて、書店の存在意義をどのように考えていますか。

 

場所があることがいいなと思っています。電子書籍はネットですぐに買えますが、書店はその場所に行ったこと自体が思い出になりますよね。電子書籍になっていない本に出会えることもある。古本ならではの書き込みがある本もあるし、一冊がいろいろな人の手にわたって読み継がれていくのも面白いと思います。

あと、お店を始めてみてわかったのは、多くの人がサードプレイスを求めているということ。今後も「本を通じてつながりが生まれる場所」というコンセプトは変えず、もっとたくさんの人に来ていただいて、より多くのつながりを生み出せるようにしていきたいと思っています。

町の書店であり、人とのつながりを生む場所としてもあり続けたい、とざきさん

取材を終えて

回り道をしたからこそ面白いお店を見つけた、という経験は誰もがしたことがあるのではないでしょうか。もちろん、生産性や便利さから物事を見るのは決して悪いことではないと思います(筆者もコスパを売りにしている商品はついつい手に取ってしまいます)。しかし、不便だからこそ気づける面白さの存在を「不便な本屋」は思い出させてくれます。

今はスマホさえあれば家の中で友達も恋人も作ることができるとっても「便利」な時代です。しかし一方で他人との関係は軽薄化しているようにも感じられます。そんな時代だからこそ実際に足を運んで誰かと会い、額を寄せ合って話す、そしてそこで築いた人とのつながりを大切にしていきたいと感じました。(取材・文 ただ)

店舗情報

不便な本屋

東京都世田谷区祖師谷3-31-3

営業案内:土・日曜日12:0014:30、17:30~20:00 b.e.park営業時間に準ずる

https://lit.link/fuben

「不便な本屋」の外観

 

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