良い短歌には生きるヒントがある 短歌入門書は人生哲学書でもあった

『はじめての短歌』という本をご存知だろうか。この本は、歌人である穂村弘が、「良い短歌を詠むにはどのような考え方や言葉選びをすればよいのか」をわかりやすく説明している入門書だ。本書のレビューに、以下のようなものがあった。

この本で私は短歌のことというよりも生きることについて教えて貰いました

 実際に読んでみると、短歌を詠む際の考え方が自分らしく生きることに直結していると深く理解できる本であった。本書を通して見えてくる生き方のヒントを紹介していく。

 

目次

余白があるほうが人生は楽しい

 この本では例としてたくさんの短歌が出てくる。それらの改悪例を筆者が示し、もとの短歌と比較することで、「良い短歌とは何か」「良い短歌づくりに大事なことは何か」を解説している。それがとてもわかりやすいのだ。一例を示そう。

空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋はそういう状態

平岡あみ

 

空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋は散らかっている

改悪例

 この例では「そういう状態」が「散らかっている」に変わっている。「散らかっている」であれば、その状態をすぐに思い浮かべることができるし、100人が100人とも間違えることがなく情報を伝えられる。

 しかし「そういう状態」と言われたとき、「どういう状態なのか?」を一瞬考える時間がある。空き巣でも入ったのかと思うほどの状態=散らかっている状態というイメージや理解が、すぐにはできないからだ。結びつけられない人もいるのではないだろうか。

 ビジネス文書であったら、的確に情報を伝えることが最も重要なため、改悪例の方が正しい。が、短歌としては「そういう状態」のほうが良いのだと筆者は言っている。 社会生活と短歌では、「良い」「悪い」の価値基準がずれるのだ。 良い短歌には、「そういう状態」のように、さまざまなことを考えてしまう“余白”がある。

 人生において、「そういう状態」「散らかっている」と表現することは、どちらも大事である。けれど人は、日常においても後者を選びがちで、「そういう状態」をもっと用いたほうが面白く生きられるのでは、と短歌は思い出させてくれるのだ。

ヘンなものにも価値がある

またもや例として出てきた短歌とその改悪例をあげたいと思う。

鯛焼の縁のばりなど面白きもののある世を父は去りたり

高野公彦

 

 ほっかほかの鯛焼きなど面白きもののある世を父は去りたり

改悪例1

 

霜降りのレアステーキなど面白きもののある世を父は去りたり

改悪例2

 価値だけで言ったら、鯛焼より霜降りのレアステーキのほうが高いとされている。丸ごと一匹のほっかほかの鯛焼きは、鯛焼きの縁のばりよりも価値があるだろう。しかし、短歌の世界ではそうと限らない。あまり価値のないものやヘンなものからも、奥深いさまざまな感情が生まれることがある。

改悪例1と改悪例2からは、こんなに素晴らしいものがあるこの世から父がいなくなってしまった、という悲しみしか見えない。でも元の作品からは、悲しみだけではないさまざまな感情があるように見える。なんとも言い難い感情を、“鯛焼の縁のばりなど面白きもの”という言葉で表しているのだ。

 社会的に価値のあるものに、本当の価値があるとは限らない。反対にあまり価値のないもの、ヘンなものが、短歌だけではなく、人生を豊かにしてくれることもあるのだ。

短歌は「生きる答え」の求め方

 この本の最大の特徴は、一冊を通して「生き延びる」と「生きる」の違いについて説明していることだ。穂村さんは①で言及した「そういう状態」「散らかっている」、②の「鯛焼の縁のばり」「霜降りのレアステーキ」という二項対立を、「生き延びる」「生きる」と表している。

 「生き延びる」はご飯を食べたり、お風呂に入ったり、睡眠をとったり、お金を稼いだり、つまりは生存するということ。「生きる」はいかに自分らしく生きるか、ということ。その「生きる」の答えの求め方の一つとして、短歌がある。

 良い短歌をつくること、知ることで、自然と「そういう状態」と表すことを思いついたり、「鯛焼の縁のばり」に価値を見出したりする。「生き延びる」と「生きる」は、本当は対立関係にあるものではない。生き延びた先にある本当の人生、「生きる」にこそ豊かさや面白さがある。

 終わりに

生きているとさまざまな悩みがあるだろう。進路をどうするのか、何で勉強しなければいけないのか、仕事を続けるべきかどうか。そのようなとき、この本を読めば少しだけでも楽になるのではないだろうか。

筆者も「生きるための答えが出た」とまでは言えないけれど、もう少し楽に考えてもいいんじゃないかな、くらいに思うことはできた。短歌に触れることは、自分らしく生きるためのヒントになるのだ。(文 ちまき)

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