『ゴールデンカムイ』とアイヌ文化から学ぶ、社会や自己との上手な向き合い方

テレビやS N Sでは多様性や生きづらさが叫ばれ、書店には社会や自己との向き合い方、自己肯定感の高め方について取り扱った本が並んでいる。そんな生きづらい現代をより良く生きるためのヒントが、アイヌの文化にあるのではないか。

漫画『ゴールデンカムイ』は日露戦争帰りの元軍人・杉元佐一とアイヌの少女アシㇼパが出会い、アイヌが隠したとされる金塊を求め北海道を旅する冒険活劇。旅の道中、杉元はアシㇼパや他のアイヌ達からアイヌの文化や思想を学んでいく。激しい戦闘描写に争いや裏切り、コミカルなシーンとストーリー自体が面白いのはもちろん、随所に描かれているアイヌ文化にとても心惹かれる作品である。

そんな『ゴールデンカムイ』のアイヌ語監修に携わったアイヌ語研究者・中川裕先生の著作『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』は、同作の描写やセリフを取り上げて分かりやすくアイヌ文化を解説している本だ。今回はこの本を元に、現代生活にも通ずるアイヌの文化や思想を5つのトピックに分けて考察していく。

目次

クマやオオカミ、茶碗も神?アイヌの信仰「カムイ」について

アイヌの文化を語る上で欠かせないのが「カムイ」だ。カムイは日本語で「神」と訳される。一般的に神と聞いてイメージするものはたくさんあるが、その中でもカムイに近いのが日本の「八百万の神」だ。八百万の神とは、田んぼやお米などあらゆるものに神がいるという、神道に通ずる日本古来の考え方である。

アイヌの文化ではクマやオオカミ、植物などの自然物だけでなく、家や船、茶碗や暖炉の火まで、身の回りのあらゆるものがカムイと呼ばれる。『ゴールデンカムイ』の作中で、アシㇼパが杉元にこう説明している。

私たちは身の回りの役立つもの 力の及ばないもの すべてをカムイ(神)として敬い、感謝の儀礼を通して良い関係を保ってきた

『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』には、それを補足するような形でこう書かれている。

家や舟、臼や杵、鍋や小刀と行った人工物もまたカムイであり、人間のまわりにあって、人間が生きるために何らかの関わりを持っているものすべてを指しますので、「自然」ではぴったりきません。むしろ「環境」と言ってしまった方がよさそうです。

特定の存在や人物ではなく、自分たちを取り巻くあらゆる環境がカムイであるということだ。アイヌとは「人間」を指す言葉で、その伝統的な考え方の根幹にあるのは、アイヌとカムイが良い関係を結ぶことによってお互いの幸福が保たれるということ。カムイを「環境」と置き換えると、人間が自分を取り巻く環境と良い関係を結ぶことで幸福な生活が送れるという、現代にも通ずる解釈ができる。

クマもカラスも炎も、カムイの「衣装」だ

では、人間が幸福になるというのは分かるが、お互いの幸福が保たれるとはどういうことなのか。カムイは固有の存在を指す言葉ではないが、アイヌの人たちはあらゆるものを擬人化することで世界への理解を深めてきた。私たちの目にはクマやカラスや炎に見えているものが、アイヌではカムイが人間の目に見えるようにまとっている「衣装」であると考えられている。

カムイたちは普段「カムイモシㇼ」というところにいて、そこでは人間と同じ姿で暮らしているが、霊魂であるため人間の目には見えない。そのため人間の世界「アイヌモシㇼ」には来るときは、人間にも見えるように衣装を身にまとってやってくる。彼らの身につけているものは人間の世界へのお土産だと考えられている。クマのカムイは毛皮と肉を、樹木のカムイは樹皮や木材をお土産として持ってきてくれる。それらは人間が自分の手では作り出すことのできない、カムイからの贈り物なのだ。

アイヌの人たちは、人間の世界に来たカムイに「ここは楽しいところだ」と思ってもらいまた遊びに来てもらえるよう、お返しとして感謝の言葉を述べ、お酒や米の団子など人間の手を経なければ存在しないものを贈り物として捧げる。まさにお互いの幸福が保たれているのだ。

「美味しい」だけじゃない、「ヒンナ」の正しい使い方

『ゴールデンカムイ』読者には馴染み深い、作中に何度も登場する言葉が「ヒンナ」である。アシㇼパが美味しいアイヌ料理を作り、それをみんなで囲んでヒンナヒンナ。この作品の定番であり、非常に人気のあるシーンだろう。作中でヒンナが登場するのは決まってみんなで温かい食事を囲んでいるときなので「ヒンナ=美味しい」と解釈してしまいそうだが、「感謝する」という意味もある。

そのことが表れている描写がある。杉元とアシㇼパが山で狩りをしていたとき、杉元は自分が手負いにさせたシカが必死に向かってくる姿を見て、戦場で傷を負いながらも戦う自分と重ねてしまい、引き金を引くことができなかった。助けに入ったアシㇼパが矢でシカを仕留め、シカを解体しながら杉元にシカのお腹に手を入れてみろと言う。

鹿は死んでお前を暖めた。鹿の体温がお前に移ってお前を生かす。私達や動物たちが肉を食べ、残りは木や草や大地の生命に置き換わる。鹿が生き抜いた価値は消えたりしない。

過酷な北の環境で狩猟民として生きてきたアイヌだからこそ、自分を生かしてくれるものに感謝の念を抱く。それが前章で紹介したカムイたちが衣装を着て遊びに来るという世界観と繋がっているのだろう。この自然への感謝が表すのが「ヒンナ」だ。食事のときに自分を生かすものに感謝を込めて言う言葉で、日本人の「いただきます」にとても近いものを感じる。

「殺していることに変わりはないんだから、都合の良い解釈じゃないか」と思った方もいるかもしれないが、私たちだって動植物の命を奪い、生かされている。直接動物を殺めることもなく、生き物を食べているという自覚すら薄れている私たちにこそ「ヒンナ」の精神が必要なのかもしれない。 

子どもをウンコ呼ばわり、アイヌの名前の文化

アイヌの特徴的な文化のひとつに、生まれてすぐに名前をつけない、というものがある。67歳くらいになるまでつけなかったという話もあるらしい。子供が生まれる前から縁起や画数など色んなことを考え、お腹にいるときから名前で呼ぶこともある日本の文化から見ると、なんとも不思議なものだ。

名前をつける前の呼び方はさまざまで、ポイシオン「小さなうんこの腐ったの」、シタㇰタㇰ「うんこのかたまり」などと呼ぶらしい。当然「なぜ」という疑問が浮かぶが、これを説明するのもまたカムイだ。

良いカムイも悪いカムイ(ウェンカムイ)もいるが、共通する最大の弱点がある。それは、汚いものや臭いものが大嫌いだということ。臭い匂いをかいだだけで死んでしまうこともあるらしい。そのため、子どもが悪いカムイに気に入られて魂を取られてしまわないように、わざと汚い名前で呼ぶのだ。日本で子どもにお守りを持たせたり安全祈願をしたりする考え方に近いのだろうか。それだけ言葉の持つ力を重視しているのだろう。

争いは言葉で解決する

言葉の力をとても重視するアイヌの思想は、コタン(村)の中やコタン同士で争いが起こったときの解決法にも表れている。その解決法は、双方から代表者が出てきて行われる「チャランケ」というものだ。チャ「口=言葉」、ランケ「下ろす」という意味で、つまり弁舌をふるい、自分の方がいかに正しいかを論じ合って決着をつける平和的な方法である。

裁判のようなもので、片方が問題のいきさつや自分の正当性などを主張し、伝承などを引用して述べたてる。相手は何時間かかろうと口をはさまず聞いていなければならない。終わると相手が同じように論じ、決着がつくまで何時間も何日も繰り返していくのだ。裁判とは違い判事がおらず、どちらかが言うことがなくなるか、体力が尽きて弁論できなくなったら負け、という非常に明快なルールだ。

だが、お互い一歩も引かず決着がつかないこともある。そんなときには、ゴールデンカムイでも登場した「ストゥ」が登場する。「制裁棒」と呼ばれる棍棒で、窃盗や殺人などの悪い行いがあった場合に制裁を加えるための棒だ。チャランケで決着がつかなかった場合、お互い両腕をそれぞれ他の人につかんで固定してもらい、相手がその背中をストゥで殴りつける。それをどちらかがまいったと言うまで続けるというものだ。

アイヌたちの物語には、それらよりはるかに凄惨な「トパットゥミ」という争いが登場する。それは「言葉のない戦争」と呼ばれ「夜襲」などと訳されるそうだ。襲う側が相手のコタンの近くに潜み、村人たちが寝静まったところで一斉攻撃を仕掛けて女性や赤ん坊に至るまで皆殺しにする。運よく生き残った赤ん坊が成長し、襲ってきた村に復讐を果たすという展開だ。

それに比べれば、ストゥで交互に殴り合うのは幾分か平和的に思える。言葉のない戦い、コミュニケーションを欠いた争いがいかに凄惨な結果を引き起こすかを知っていたアイヌの人たちは、物語として語り継ぐことで夜襲を防ぎ平和的な解決法を構築していったのだろう。

社会、そして自己との向き合い方

人間と環境とのより良い関係を築く、自分を生かす環境に感謝する、言葉の持つ力の素晴らしさと恐ろしさを理解し平和的解決法を導き出す。私たちの生活にも共通する考え方ではないだろうか。北の地で自然と共生してきたアイヌの文化と、ビルが立ち並びインターネットが張り巡らされた現代で生きる私たちの生活にこんなにも共通するものがあるとは、なんとも不思議な感覚である。

だがそれは時代や場所、環境が違っても人の本質はさして変わらないということなのかもしれない。現代社会の流れの速さに疲れたとき、生きづらさを感じてすべてを投げ出したくなったとき、ふとアイヌの文化や思想を思い出して欲しい。

随分と遠い存在のように話してしまったが、アイヌの血を引く方々は現代でも国内の各地に普通に生活している。YouTubeSNSでアイヌ文化やアイヌ語について発信していている人や、都内でアイヌ料理を楽しめるお店を営んでいる人もいる。この記事を読んで『ゴールデンカムイ』やアイヌの文化に興味を持った方は、ぜひアイヌの文化に触れてみてほしい。(文 イワミズコウタ)

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