聴覚障がいの一種・ろう者のアイデンティティから見えてくる「言葉」「障がい」「普通の人」の本当の定義

「ろう者」と呼ばれる人々をご存知でしょうか。聴覚障がい者の分類のひとつで、先天性または幼少期の言語獲得以前に聴力を失い、基本的に手話を母語(*自然と覚える言語)もしくは主なコミュニケーションツールとしている人々のことです。

 

そんなろう者が登場するミステリ小説が『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』(以下『デフ・ヴォイス』)です。

デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士(丸山正樹)

仕事と結婚に失敗した中年男・荒井尚人は、唯一つの技能を活かして手話通訳士となる。親や兄もろう者の家庭で育ち、ただ一人の聴者として家族の「通訳者」であり続けてきた荒井がろう者の法廷通訳を努めていると、若いボランティアの女性が接近してきた。現在と過去、二つの事件が謎の交錯を始める……。

本作はミステリとして面白いだけでなく、複雑な聴覚障がい者の分類や実態、当事者らやその周りの人々の思いを克明に描いています。聴覚障がい者をマイノリティとして捉えるべきではない、というメッセージ性も感じられます。そこで聴覚障がい者を分類し、そのアイデンティティを紹介していきます。

目次

音声言語だけが「話す」ではない

聴覚障がいの分類方法はさまざまですが、ここではアイデンティティによる分類を対象とします。以下に簡単ではありますが紹介します。

ろう者

言語獲得以前に耳が聞こえなくなってしまい、補聴器などをつけても音声が判別できないため、視覚による言語獲得を行い、手話を母語もしくは主なコミュニケーションツールとして用います。日本語を母語として確立することは難しく、文章の読み書き能力に問題が生じることがあります。

 

中途失聴者

言語獲得後に聴力を失った人のことをいいます。母語は日本語で、発話によるコミュニケーションを行う人が多くいます。

 

難聴者

残存聴力を活用してある程度の言葉を聞き取れることができ、日本語を母語として、音声言語をコミュニケーション方法の中心にする人を一般的に「難聴者」と呼びますが、明確な定義があるわけではないようです。

※東京都聴覚障害者連盟「聴覚障害者とは」を参照しました


聴覚障がい者のなかでも、「ろう者」と「中途失聴者」「難聴者」の間には、コミュニケーションが手話か、音声言語かという大きな違いがあることがわかります。

 

『デフ・ヴォイス』では、「ろう者」の人々は自らを好んで「ろう者」と表現することが明示されています。あくまで物語のなかであり、個々人によって認識はさまざまでしょうが、『デフ・ヴォイス』の世界で、ろう者にとって自分たちは「聴覚障がい者」ではないのです。

 

ろう者はかつて、ろうあ者と呼ばれていました。しかし『デフ・ヴォイス』に、

かつての『聾唖者』から『啞』(=話せないことの意)を除いたのは、『自分達は聞こえないが話せないわけではない』という意思の表れ

と記述があるように、ろう者たちは自身を「話せる人」であるとはっきり認識し、そこにアイデンティティが見られます。ろう者にとっての手話は、聴者にとっての日本語であり、話すとは音声言語に限ったものではないのです。この認識の違いは心に留めておくべきだと思います。

障がい者ではなく少数民族

筑波大学附属聴覚特別支援学校の奥田桂世さんは、「全国高校生読書体験記コンクール」に投稿した「聾者は障害者か?」で次のように述べています。

聾者というものは、健聴者(*)とは異なる文化を持った、『少数民族』のようなものだと思えるようになったのである。

*聴覚障がいのない、いわゆる「聞こえる人」

ここでいう「異なる文化」とは「聴覚を持たないことで発生した手話という言語や、視覚と触覚を重視した生活から生まれた文化」であり、「ろう文化」と呼ばれるものです。

もしも、健聴者が生きる社会と聾者が生きる社会にははっきりとした境界があり、お互いに関わりを持たなかったら、社会で言われる『聴覚障害者』は全員、自分のことを『障害者』だとは思わず、『聾者』という普通の人間として生きていたのではないだろうか。

奥田さんは、こうも述べています。つまり、ろう者しかいない環境で育てば、耳が聞こえないことがマイノリティだと知らず、人間は耳が聞こえないことが当たり前の生き物であると疑わずに生きていただろうということです。「普通の人間とは何か?」を考えるきっかけを提起しています。

ろう者は普通の人間

『デフ・ヴォイス』には、ろう者を「独自の言語と文化を持つ集団」と定義し、ろう者にとっての言葉とは「日本手話」(日本語とは異なる自然言語)であり、「日本語」は第二言語であると主張する団体が登場します。

 

その団体は、ろう者を聴覚障がいという目線ではなく、日本語とは異なる言語、つまり日本手話を母語とする「言語的少数者」と定義しています。聴覚を持たないこと、日本手話を母語とすることなどが、ろう者のアイデンティティとなっていることがわかります。

 

聴覚障がいを持つ人を障がい者として区別しがちな今の社会では、「『ろう者』という普通の人間」という表現に違和感を覚える人も多いと思います。極論ですが、ろう者をほかの聴覚障がい者、ひいては単なる障がい者としてひとくくりに扱うことは、彼ら彼女らのアイデンティティを尊重できていないとも言えるでしょう。

 

ではどのように接すればいのか、明確な解はおそらくありません。10人いれば10の正解があるはずです。しかし、このような背景を知っていれば、実際にろう者と退治した際に自分なりに配慮した対応ができると思います。

おわりに

『デフ・ヴォイス』に印象的なシーンがあります。主人公がろう者と食事をしているときの、

ファミリーレストランで注文した料理を待っているとき、食べている間でさえも、(ろう者たちは)ずっとしゃべり続けている。

というシーンです。恥ずかしい話ですが、初読時、筆者はこの表現に違和感を覚えていました。「しゃべる」という行為が音声言語によって行われるという先入観があったためです。

 

映画『コーダ あいのうた』や耳が聞こえない人が運営する飲食店など現実・虚構を問わず、ろう者に気軽に触れることのできるコンテンツが身近に存在します。また社会には手話(あるいは筆談など)を用いて話している人たちはたくさんいます。

 

関わる機会は少ないかもしれないけれど、いつか訪れるかもしれないその機会を大切にするために、彼ら彼女らを知る努力は重要だと思います。(文 睡蓮)

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