亡き妹の婚約者と恋仲に 姉たちの苦悩や葛藤を描く『春の呪い』の魅力を読書会で考察

『春の呪い』公式HPのスクリーンショット。夏美(左)と冬吾。

 

コミック『春の呪い』。2016 年に発刊され、「このマンガがすごい!2017」オンナ編で第2位を獲得。2021年にはドラマ化もされた人気作品だ。なんだか不穏なタイトルからも窺えるように、ストーリーは「主人公の女性が、死んだ妹の婚約者と付き合う」という、決して明るいとは言えない話だ。

 

あらすじ

病気で死んだ19歳の妹・立花春に自分の人生を捧げていた姉・夏美。春の死後、彼女の婚約者であった財閥の息子・柊冬吾から交際を申し込まれる。夏美は「春が好きだから」「春と二人で行った場所にわたしを連れていってくれませんか」と条件を言い渡し、二人の交際は始まる。

 

冒頭で明かされるように、夏美にとって春は世界の全てだった。けれど、春は冬吾を誰よりも愛していた。そして今、春が冬吾に向けていたような視線を、冬吾は夏美に向けている。一人不在の、地獄のような三角関係だ。

 

コミックが発売された当時、筆者は書店員だった。じわりじわりと販売数を伸ばしていく様子と、骨壺を抱える女性(夏美)の印象的な表紙に引き付けられて読んでみたところ、あっという間に「呪い」の虜になった。

 

この本をもっと深掘りできないか……と考え、東京・新宿のプチ文壇バー「月に吠える」と、群馬・前橋のブックバー「月に開く」の二店舗で読書会をすることに。そのレポートをお届けする。

※一部ネタバレも含まれますので、未読の方はご注意ください!

 

目次

夏美の気持ちは本当か、嘘か。

 

「月に吠える」での読書会の様子

 

まず、新宿の文壇バー「月に吠える」での読書会。当日はマンガ編集者、学生など5名が集まった。

 

第一話で春の死後、冬吾と交際することへの罪悪感に駆られた夏美は、デート後の帰路で電車に飛びこもうとする。しかし、済んでのところで冬吾が阻止し、「お前が死んだら俺も死ぬぞ」と言う。

 

この場面について、「少女漫画なら告白となるシーン。かっこいいとなるはずなのに、過去の重さに引きずられ、到底告白とは捉えられない面白さがある」との感想が出た。

 

次に、冬吾の過去が分かる第二話。財閥の家に生まれ、エリートとして育てられるも、すべては両親の意志によるもの。春との交際もお見合いがきっかけだった。作者の入念な設定作りに驚きながらも、冬吾の不可思議さを指摘する声も相次いだ。

 

例えば、春のお見舞いに来た夏美と冬吾が遭遇するシーン。別れ際の夏美の後ろ姿を見つめながら、「もう一度振り向かないかと期待した」と冬吾は初めて恋を自覚したように語る。このセリフに、「ロボットが初めて感情を持ったような印象を覚えた」と声が上がった。

 

第一巻の最終話で、冬吾と夏美は一度決別する。そのときの会話で、夏美は涙ながらに「私が死んでも死なないでください」「私が悲しいから」と冬吾に伝える。「春の死がきっかけで冬吾と付き合っていたはずの夏美が、『私が悲しい』となるのが印象的で、やっぱり好きだったんだと思った。どんどん瞳孔が開いていく描写も面白い」という声が。

 

一方で「夏美は追い詰められて気持ちを吐露したのか、咄嗟に嘘をついてしまったのかわからない。彼女がここで好意を持っているとは思いにくい」と反論も上がる。後に夏美が「なんであんな…バカみたいなことを言ってしまったんだろう」と描かれていることからも、読者の読み取りが揺れる場面だ。

「姉を地獄に道連れに」春の真意は

そして、秋というハンドルネームの女性がつづっていた、春の入院記録と酷似したブログを夏美が見つけた場面から、論点は春と夏美の関係に移る。「お姉ちゃんを慕いながらも、看病で世話を一方的に焼かれることにコンプレックスを持っている。夏美から脱出したいという気持ちがあるんじゃないか」という意見には参加者の多くが賛同していた。

 

さらに「姉を地獄に道連れにしてでも…彼には生きて幸せになって欲しい」と書かれた春(と思われる人物)のモノローグについて、ここまで強烈に感情を書き記すことを「自分の死期を悟ってのことだと思う。春の年齢を考えれば、そこまで残酷な描写には取れなかった。未成熟な人間の葛藤と思えた」「冬吾さんへの思いというよりも、自分が姉に負けているから、死ぬなら姉を道づれにしたいという思いがあったのでは」「男と付き合うことが姉からの自立と考えていた面もあったのではないか」と続々と声が上がった。

 

物語はクライマックスへ。義母(※夏美の父の再婚相手、夏美と血はつながっていない)は夏美と冬吾の関係に気づき、二人を引き離そうとする。

 

この場面について、「口論のとき、夏美が義母を『あなた』と呼んでいたのがしんどかった」「全国模試で好成績をとってグローブを買ってもらった弟が、幼少期に父から褒められてこなかった夏美との対比として効いている」と、夏美と家族の不機能ぶりを指摘する声が多かった。

 

そして母の制止を振り切り、夏美は冬吾に会いに行って告白する。お互いの気持ちを確かめあった二人は、家を出ることを決意。夏美は義母と最後の会話をしながら、冬吾のことを思う。

 

この印象的な場面に、「冬吾にとって春の存在はもう過去のものだから、思い出す際は必ず夏美の後ろに描かれている。けれど、夏美が冬吾を思うときは、彼の背中が前方に見える。この先の未来を描いているかのようだった」との声が。

 

また柊家についても、「(夏美と一緒に家を出ることを聞いて)冬吾の母が彼にかける『後悔するわよ』、この言葉が呪いだと思った。血は繋がってなくても夏美のことを思って泣いた彼女の母親と、冬吾の母親の冷徹さが対照的でおもしろかった」と言葉が続いた。

 

最後に、物語全体について「やはり自立が主題であると思う。『遅れてやってきた反抗期』という言葉が、この話全体を言っているようだった」「何をすればいいのかわからなくなっていた二人が出会ってしまった。デフォルトがない男とやりたいことを失くした女の話だった」と述べて読書会は終了した。

憎い相手と交際する夏美に共感できた?

対して、前橋のブックバー「月に開く」。常連客、普段マンガを読まない方、読書会初参加の方など、計7 名の参加者が集まった。東京での読書会とは異なり、ストーリーを追うのではなく、ポイントとなった場面をそれぞれ挙げながら、会は進んでいった。

 

まず「春を奪われて、憎しみすら感じていた男と夏美はどうして付き合うのか」という疑問に対し、参加者たちの意見として「夏美は春の葬式の日まで、冬吾に無関心だったと思う。むしろ邪魔といってもいいかもしれない。けれど、妹のことをもっと知りたいという欲求から考えると自然ではないか」「憎いってことは、裏を返せばそれだけ関心があったということ。春の残像を追いたいのでは」などの返答が上がった。

 

一方で、メモをしようとする夏美に冬吾がさりげなくペンを差し出すシーンに、「腑に落ちるものがあった。ずっと前から本能的に引かれあっていたんじゃないか」という意見もあった。

 

夏美が父に交際を明かさなかったことを疑問視する声も。柊家との婚姻は玉の輿となる縁談であり、妹の代わりに姉が嫁ぐとなれば、父が喜ぶ可能性もあったはず。言わなかったのは、お父さんを喜ばせたくないという気持ちがあったのではないか……と考える推察も。

 

これに対しては、夏美は家庭で疎外感と共に育ってきたことを引き合いに出しながら、家族から嫌われることへの怯えを指摘する声や、「父の別れた前妻に夏美が似ているという設定が関係していて、父にとって夏美は家族のカテゴリーに入らなかったんじゃないか」など、さまざまな考察が挙がった。

「呪い」の正体は何だったのか

そして、論点は冬吾の在り方に。冬吾は「春と二人で行った場所にわたしを連れて行ってくれませんか」という夏美からの言葉を忠実に守っていたり、母からの命令に疑問すら抱かず従ったりするなど、真面目の一言で片づけられない性格をしている。前橋の読書会でも「冬吾がわからない」「母の操り人形で自我が感じられない」といった声が頻出した。

 

作中には登場しないが、冬吾には兄が二人存在し、どちらも海外で暮らしている。これらの事実を踏まえ、「(兄たちは)家が嫌になって出て行った可能性がある」「そう考えれば、一番下の息子に希望を託すのは理にかなっている」「幼少期から母の期待を一身に背負ったせいで、母からの指示待ちがスタンダードになってしまったのではないか」「母親の支配・親子関係が一番の主題のように感じた」という言葉も出た。

 

さらに、春と父の関係について考える声も。夏美こそ父から疎まれていたが、春は贔屓(ひいき)されていたと作中で語られている。「春が可愛がられていたのは、お父さんに従順な子だったからではないか」としたうえで、冬吾と春、二人の傀儡としての共通性を指摘する声が上がった。

 

生前の春が書いたと思われるブログを夏美が発見したことについては、100%春だとは言い切れない点が面白かったという意見があった。

 

春と確信しきれない不安定さが「呪い」として効いていたこと、さらに「お姉ちゃんには幸せになってほしい」といった文言がなかったことに対して「生々しさがあった」との感想が続いた。

 

そこから、「もし春が死んでいなかったとしたら?」とたらればに論点が移行。春の病気さえなければ、もしかしたら三人で仲良くなっていたかも……という意見に対して、「妹の嫉妬心は消せないから無理だと思う。春と結婚したってうまくいかない」と声が上がる。

 

二人がもしあのまま結婚していたら一生辛かったと付け加え、「夏美と冬吾は出会うべくしてであった」との反論が。これには多くの参加者が賛同し、「だからこそ、春は冬吾に影響を与えられなかった空しさがある」と言葉が続いた。そして、「春が死んでいなかったら? とこうして考えるのもある種の呪いなんだと思う」との声で会は終了した。

 

読書会を終えて

 

筆者は新宿と前橋どちらの読書会にも参加した。自分が思いもしなかった考察から、「ですよねえ‼」と深く頷く意見まで、十人十色、様々な解釈を聞くことができた。『春の呪い』を読んだことがある方は、ふっと思い出して読み返していただけたら幸いだ。

 

そして読んだことがない方は、良かったら一度手に取ってみてほしい。ネタバレを知った後でも、十分楽しんでいただけると思う。(取材・文 井上)

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