突然始まったダンスに、会場の目は釘付けとなった
新宿・歌舞伎町の中心部にある雑居ビル。日が落ちて辺りが薄暗くなり始めた頃、ポツリポツリと人が集まってくる。彼ら彼女らは建物の地下へと続く階段を下り、扉の向こうに広がる空間へ飲みこまれていく。薄暗い会場の中では、仮面を付けた無数の人々がうごめいていた……
このイベントは何なのか、どのような目的で行われているのか、潜入取材を敢行した。
会場はまるで仮面舞踏会のような、何とも怪しげな雰囲気に包まれている。これから何が始まるのか、期待と不安が高まっていく。不意に明かりが怪しい群青色に変わると、全身タイツに身を包んだなまめかしい女性がステージに登場した。無数の仮面が一斉に向けられる中、女性は音楽に合わせて妖艶な踊りを披露する。
あまりにも怪しいこのイベント、実はれっきとした読書会。東京・名古屋・関西を中心に活動している「猫町倶楽部」が主催の「猫町UG(アンダーグラウンド)」だ。普段はビジネス書が課題本の「アウトプット読書会」、文学が課題本の「文学サロン月曜会」を開催しているが、「猫町UG」はその名の通り、アンダーグラウンド版の読書会。課題図書は性愛小説で、ドレスコードは仮面となっている。
3回目となる今回の課題図書は、フランスの作家のピエール・クロソウスキー/山口椿による「ロベルトは今夜」(第1回は「悪徳の栄え(マルキ・ド・サド)」、第2回は「O嬢の物語(ポーリーヌ・レアージュ)」)。
参加者は約50名で、男女はほぼ半々。7~8つに分かれた各テーブルで、猫町倶楽部のスタッフが司会役を務める中、課題本に対する意見や感想が交わされる。発言内容は自由だが、人の意見を否定するのはNGというルールが設けられている。
<ロベルトは今夜 あらすじ> 神学校の教授のオクターヴは、原罪の意識を持たせることを目的に、貞淑な妻ロベルトを数々の男たちと不倫に陥らせてその様子を覗き見る。ところがロベルトは性に目覚め、肉欲に溺れていくのだった……。 |
「原罪を妻に感じさせることは、神学者としてのプライドなんじゃないかなあ」
「オクターヴは妻を堕落させることで快楽を得たいんだと思う」
「夫婦は噛み合っていないけど、互いに満足はしているのよね」
「この本には本能を隠すのはダメ、というメッセージがある気がする。僕たちは普段社会とか社会の中で押さえつけられているけど、本当はそうじゃないんだよ、と」
「表現がすごくきれい。谷崎潤一郎の世界に似ているね」
課題図書に対する意見や感想が交わされる。著者の山口椿さんもゲスト来場し、参加者との会話を楽しんでいる。そのうちに話題は少しずつ広がり、参加者たちの恋愛観や体験談へ。
「寝取られることを最近ではNTRっていうんですよね」
「でもさ、エロビデオはOKなのに、何で風俗はダメなの? 北方謙三も言ってるじゃない、ソープ行けって」
「俺の同期は、不倫の末に会社のパートさんを落としましたよ。一緒に寝てる現場を旦那に見られて、大騒ぎになったらしいけど」
「私、一度も彼氏ができたことないんです」
「えー、何で! 仮面をしててもこんなに美人なのに!」
「うん、いたことはあるんですけど、すぐにダメになっちゃったと言うか……」
参加者はほぼ初対面の人ばかり。それでも、何の違和感もなく会話をし、盛り上がっているのは、課題本があるからだろう。性というテーマは、普段なかなか話をしづらいが、課題本のおかげで話すことができるのだ。まさに、本や読書が結んだコミュニティと言える。