【前編】『月に吠える』刊行100周年!仕掛けと愛が満載の展示がすごかった@前橋文学館

 

 

 

100年前、一冊の詩集が刊行された。初版発行部数はわずか500部。しかしその一冊により、近代日本の詩壇において、口語自由詩という表現方法が確立、数々の詩人に衝撃を与えた。そう、萩原朔太郎の『月に吠える』だ。

 

 

北原白秋「清純な凄さ、それは君の詩を読むものの誰しも認め得る特色であらう。(中略)君は寂しい、君は正直で、清楚で、透明で、もつと細やかにぴちぴち動く。(中略)寂然涼しい水銀の鏡に映る剃刀の閃きである。その鏡に映るものは真実である。」(※『月に吠える』「序」(角川書店『日本近代文学大系第37巻 萩原朔太郎集』))

 

 

室生犀星「……これらの詩篇によって物語られた特異な世界と、人間の感覚を極度までに繊細に鋭どく働かしてそこに神経ばかりの仮令えば歯痛のごとき苦悶を最も新らしい表現と形式によつたことを皆は認めるであらう」(『月に吠える』「跋」 (角川書店『日本近代文学大系第37巻 萩原朔太郎集』 ))

 

2017年は、『月に吠える』が刊行されて100周年のメモリアルイヤーである。朔太郎の地元である前橋文学館でも、「詩集『月に吠える』100年記念展――ここからすべてがはじまった」(以下『月に吠える』展)が開催された。もちろん、月吠え通信の取材陣もお邪魔した。

 

さまざまな思い入れが詰まっているであろう、今回の展示開催の経緯やエピソードについて、学芸員の津島さんと猪俣さんにお話をうかがった。

 

目次

「月に吠える」の表紙を開けて詩の世界へ

 

朔太郎の功績を、後世に伝え続けている前橋文学館。朔太郎関連の展示を数々開催してきた中でも、今回の記念展は特別な位置づけだという。メモリアルイヤーにふさわしい展示にすべく、数年前から館長や職員の方々でアイディアを出し合い、仕掛けを考えてきたのだそう。

 

猪俣さんによると、強くこだわったのは、来場者に「『月に吠える』の世界を体感してもらいたい」ということ。「朔太郎は、『月に吠える』を詩画集にしたい(※)、とさまざまなところで書いています。せっかくなので、絵をふんだんに使用したいと思いました」と説明する。

 

※例えば大正5年の萩原朔太郎の恩地孝四郎宛書簡には「私の經濟の及ぶかぎりの出費(貧しいものではあるが)をして、美しい詩畫集を出したいのです」という記述がある。(筑摩書房『萩原朔太郎全集』第13巻)

 

その仕掛けは、2階展示室の入り口にいきなり現れる。なんと、『月に吠える』の表紙をかたどった扉が設置されている。来場者はこの表紙を開いて展示室に入り、詩集の世界の中へ招待されるのだ。

 

 

 

あらゆる角度から「月に吠える」を紹介

 

会場には、『月に吠える』の挿画が引き伸ばして飾られていたり、詩が書かれた復刻版のページを印刷した布が吊るされていたりと、視覚的に楽しめる工夫がたくさん。

 

 

そして展示はというと、「Ⅰ『月に吠える』前夜」と「Ⅱ『月に吠える』刊行」の2部構成になっており、詩集の刊行前と刊行後エピソードを伝える資料が紹介されている。

 

 

 

展示を2部構成にした理由ついて、津島さんは「日本の近代詩を変革したと言われる『月に吠える』とはどんな詩集だったのか。どのように刊行され、どのように受け止められたのか。100年間読み継がれてきた1冊の詩集について、いろいろな角度から紹介したいと考えました」と話す。

 

しかし、苦労もあった。詩集にまつわるストーリーは膨大で多様なため、「限られた空間にいかに盛り込むか」に頭を悩ませたのだそう。

 

津島さん「『月に吠える』を執筆していた大正3年秋頃~大正6年の初め頃、朔太郎は精神的な変化も大きく、それに伴い詩もさまざまに変化しました。詩集刊行時のエピソードも、発禁の内達や装幀にまつわるもの、反響など、紹介すべきことがたくさんあり、限られた展示スペースにまとめるのが大変でした」

 

そんな津島さんたちの思いがこもった展示をじっくり見させてもらった。装丁を依頼した田中恭吉の逝去、発禁の内達への焦り、「風俗壊乱」と評されたことへの憤り。決して順風満帆ではない「前夜」を乗り越え、激賞をもって迎えられたことを表す詩人たちの評価の声。選び抜かれたひとつひとつの資料から、当時の朔太郎の感情と『月に吠える』が与えたインパクトの強さが伝わってくる。

 

 

 

見逃せないのが、集結した貴重な関連資料だ。朔太郎自筆の原稿や詩の草稿ノート、北原白秋宛はじめ当時の交友関係が伺える書簡。そして朔太郎と親しい人にしか配られていないという、『月に吠える』初版の無削除本も展示されている。

 

また、館長のアイディアで、『月に吠える』の詩をイメージした映像やオブジェ作品の制作をアーティストの方々に依頼。関連資料と併せて展示されており、『月に吠える』が現代ではどのように捉えられているのかを知ることができる。

 

一つの詩集にフォーカスした展示は珍しいが、それだけ『月に吠える』が現代への影響力をもっているといえよう。

 

 

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