今年に入って、出版取次会社や大手書店の倒産が相次いだ。若者の読書離れが進み、雑誌をはじめとした紙媒体の売上部数も減っている。今、出版業界の先行きは厳しい。
しかし、それにも関わらず、一人で出版社を立ち上げる人が増えている。通称「ひとり出版社」。取次を通さずに書店と直取引をするなど、出版の新しいカタチを「ひとり出版社」が体現しつつあるのだ。
「旅と思索社」の代表・廣岡一昭さんは、“人生という旅に道しるべとなる本を残す”ことを目的として、2014年にひとり出版社を設立。昨年、初めての出版物『二十世紀酒場(一)』(多田欣也著)を刊行した。
校正、編集、営業、経理など、大半のことを一人でしなければいけないひとり出版社という試み。あまりにも大変そうだが、なぜその道を選んだのだろうか。ひとり出版社という働き方やこれから出したい本、出版業界への想いについてお話を聞いた。
旅を通じて見えてきた進むべき道
―出版社をされる前は、どういうお仕事をされていましたか。
母が地元の書店で働いていたこともあり、子どもの頃から本のある環境で育ちました。読書が好きだったので、就職は取次の関連会社に。そこでは営業を担当していました。お客様は全て出版社で、業界の話を聞きながら仕事をするうちに、出版に対する思いが募り始めたんです。
―どういったきっかけで出版への思いが生まれたのですか?
本は自分の思いが形になったものですよね。例え2-3人の小さな出版社でも、思いがこもった本をきちんと作って、書店で販売してもらうことができる、ということに感激したんです。
―それが出版社の設立に繋がっていったのですね。設立までにどういう経緯があったのでしょう。
出版への想いを捨てきれないまま仕事をしていたのですが、総務へ異動になってから激務で体を壊し、退職することに。バス会社で2年間勤務した後、また出版業界に戻ってきたんです。2つの出版社で働いて、記者や編集、営業を経験しました。
出版社設立のきっかけとなったのは、東日本大震災を経験したこと。その時に、「仕事って何だろう?」と考えるようになったんです。働き詰めだったこともあり、一ヶ月休みをもらって一人旅でアメリカに行きました。
のんびり旅をする中で、今までの人生を整理してみたら、何か違うなと。当時、40歳だったのですが、「流されてここまで来てしまったのではないか」と思ったんです。
それがきっかけで、帰国後は新しいことにチャレンジしたいと思うようになりました。そして2013年の夏に会社を辞め、その半年後に「旅と思索社」を設立したんです。
思索しながら本作りと向き合いたい
―社名の由来を教えて下さい。
アメリカに行ったときだけでなく、私は何かあるごとに一人旅に出ていたんですね。旅は自分を見つめ直すきっかけになり、次に進む道しるべを示してくれる気がするんです。私にとっては、その道しるべを作ることが本作りなのかなと。それでテーマを「旅」にして、社名にも入れたんです。
―「思索」は、どういう意味を込めて付けたのでしょうか。
かつて出版社に入ったとき、「あんな本やこんな本を作りたい」と胸を躍らせていました。でも気づいたら、本作りをただ仕事としてこなすだけになっていたんです。考えているようで、何も考えていなかった。本作りを疎かにしていたことに、独立して初めて気づいたんです。
そこで、これからはもっと深く考えて本づくりに取り組めるように、「思索」も社名に入れることにしました。会社名を読むたびに、自分への戒めとなるようにもしています。
―初めての本、『二十世紀酒場』が出た経緯を教えて下さい。
弊社のオフィスがある「ちよだプラットフォームスクウェア」の交流会で、人に紹介されて、著者である多田欣也さんと知り合いました。
彼はお酒が好きで、飲み屋に行く度に、お店のスケッチとエッセイ風の文章を書いていたんです。読ませてもらうと、ガイドブックとは違った面白さを感じました。作者というよりは客の視点で描かれていて、それが人間臭くて良いなと。
私自身も初めて酒場に行った時に、今まで知らなかった社会の一端に触れられて嬉しくなった経験があります。本を通じて酒場の良さを皆さんに知ってもらい、実際に行ってもらえればという思いから、『二十世紀酒場』を刊行しました。