誰でもひとり出版社を始められる
―ひとり出版社の良さを教えて下さい。
私ひとりなので、自分が出したいと思った本を作ることができます。社員が増えたら、会社を維持するために、好きな本以外も作らなければならない。それは自分のしたいことではありません。だからこそひとり出版社でいたいですし、会社を大きくするつもりはありません。
―御社では「Tabistory」というウェブマガジンを運営されていますが、なぜ始められたのでしょうか。
自分と同じように、旅が自分の生き方に直接リンクする方がいるのではないかと思い、ちょっと変わったテーマで旅をしている連載を読んでみたくて作りました。今は、温泉を巡る旅や海外ひとり旅の記事などを公開しています。
―今は、出版とウェブマガジン「Tabistory」の二つで経営が成り立っているのでしょうか。
ウェブマガジンのマネタイズはできていません。色んな知り合いの繋がりでライターさん達と出会い、ボランティアで書いてもらっています。
―では収益は、出版のみということでしょうか。
いえ、現在は骨董の雑誌を作っている出版社から、業務受託で営業事務の仕事も引き受けています。刊行点数が増えるまでは、出版業をメインにすることはできないと思います。
でもひとり出版社というのは、他の業種で働いている方でも、本業の傍ら本を出すことができるんです。好きな本を出したかったら一人でもできるよ、という見本になるかなと思っていますね。
―ひとり出版社を始めるにはどうしたらいいのでしょう?
ISBN(書籍を流通させるための番号)は個人でも取れますし、本の作り方をキチッと身につけ、販売の計画を立てれば、誰でも本を作れる時代です。編集者が会議で企画を却下されても、自分が本当に面白いと思えば、一人で出版すればいい。自分の能力も試せるし、もしかしたら社会に求められる本を作れるかもしれません。
売れる本より、自分が作りたい本を出版したい。
―刊行点数の目標があれば教えてください。
今後は、3ヶ月に1冊は出したいと思っています。今年5月に『二十世紀酒場』の第二弾を出す予定で、その前後に写真集の出版も考えています。
―次も、旅に関わる本を出すのでしょうか。
最初は旅の本を作る目的で起業しましたが、だんだん本作りに対する考えが変わってきています。旅というより。生きていくための道しるべになるような、人生の役に立つような本を出していきたい。ですからいずれは、旅だけに捉われない本を出していければと思います。
―出版業界の改善すべき点をどう考えておりますか。
本が売れなくなったので、出版社は本の点数を増やして資金繰りをしています。しかし、売上を確保する目的だけで本を出してもいいのか。本当にこの本は出す価値があり、皆の為になるのか。今の出版業界はそこまで考えていることが少ない気がします。
以前勤めていた出版社の先代社長から、「売れなくても出さなきゃいけない本を出せ」と言われたことがあります。その本を出す意味があると思ったら出せと。私も、自分が出したいと思った本を作っていきたいです。
―ありがとうございました。最後に読者の方へメッセージをお願いします。
今はストレスもなく、楽しくやっています。色々やりたいことが増えていくけど、お金がないなーと(笑)。でもお金がないなら、ないなりに考えますね。そこが楽しいところです。
今の若い人は、最初から悲観してしまって、新しいことを始めようとする気持ちが生まれにくいのかなと感じています。だから紆余曲折な人生を送っている私のような人間でも、本を出して、皆を元気にできるような仕事をしていますよ、ということを皆さんに示していきたいです。
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利益よりも、自分の想いを優先したはたらき方、ひとり出版社。本当に出す価値のある本を出版すべく、廣岡さんのような本好きの人たちが立ち上がり、読者に届けようとしてくれている。
出版がもっと身近になること。それが、出版業界が生き抜く方法の一つであるかもしれない。隣のおじさんが生まれた町の歴史を自費出版したり、近所のおばあちゃんが自分の培ってきた知恵を書いた本がベストセラーになったり…。少し先の未来では、それが当たり前になっているかも。
今はほんの序の口にすぎない。出版業界が新たなカタチとなって生まれ変わる瞬間に、私たちはいま立ち会っているのだ。(取材・文 平賀たえ)
『旅と思索社』WEBサイト
WEBマガジン『Tabistory』