小説に目を見張るレシピが隠れていることがある。豊かな彩り、食欲をそそる香り、そして口に広がる旨味……。本にあるのは文字だけなのに、読者は既に知ってしまっている。料理の色や香り、そして味までも。
朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、
「あ」
と幽かな叫び声をお挙げになった。
「髪の毛?」
スウプに何か、イヤなものでも入っていたのかしら、と思った。
「いいえ」
お母さまは、何事も無かったように、またひらりと一さじ、スウプをお口に流し込み、すましてお顔を横に向け、お勝手の窓の、満開の山桜に視線を送り、そうしてお顔を横に向けたまま、またひらりと一さじ、スウプを小さなお唇のあいだに滑り込ませた。
――『斜陽』太宰治
小説のなかに出てくる料理を実際に作ってみた。第1回目は太宰治の『斜陽』からグリーンピースのポタージュスープを。
かず子に倣い、グリーンピースを裏ごしすると、ずんだが山のようにできた。軽い気持ちでは作れない。「料理に自信がない」かず子が、どんなにお母さまを大切に思っていたことか。
裏ごししたスープは皐月の若葉のよう。色の美しさに期待が高まる。口にすると、
「あ」
と思わず声が出た。にんにくがいい仕事してる。牛乳で柔らかくなったグリーンピースの苦みに奥行きを与えている。ちょっと甘めの、この優しい味わいは、春の始まりの光のなかで食べたい。太陽はまだ傾いてなくていい。
「お上手に出来ました」とお褒めの言葉を頂けたら、お海苔で包んだおむすびをひょいとつまんで締めといたしましょう。
目次
<グリーンピースのポタージュ>
≪材料(4人分)≫
- グリーンピース…300g
- 玉ねぎ(小)…1個
- バター…小さじ1
- おろしにんにく…小さじ1/2
- コンソメキューブ…1つ
- 水…300cc
- 牛乳…250cc
- 塩…少々
≪作り方≫
- 鍋にバターを入れ、すりおろした玉ねぎとグリーンピースを炒める。
- 水とコンソメを入れ15分ほど煮る。
- 火を止めて牛乳を加え、ミキサーにかける。
- 裏ごしして、再び鍋に入れて温め、塩少々とおろしにんにくで味を調える。
文・深森花苑