先日、『満願』で山本周五郎賞を受賞した米澤穂信。篤学さをうかがえる精緻な文章が魅力の著者は、食欲そそる料理を物語に仕込む名人でもある。例えば、短編「儚い羊たちの晩餐」では富豪相手に贅を尽くした料理を作る厨娘・夏さんが登場し、腕をふるっている。まずは、夏さんの料理を頭でご堪能あれ。
羊肉の柔らかく味わい深かったこと。わたしも実は、羊肉にはあんまりいい印象を持っていなかった。だけど薄く切られた肉はほんのり桃色がかっていて見た目にも美しく、大蒜を使ったソースもたまらなかった。皿は前からうちにあったもののはずだけど、盛りつけひとつで見違えるぐらいに映えた。皿に花が咲いていた。
それに、パパや叔父さんたちは大して気にも留めなかったようだけど、長葱の酢漬けの柔らかさときたら、この上なく品が良かった。
――『儚い羊たちの祝宴』より「儚い羊たちの晩餐」 米澤穂信 (新潮文庫)
さて、どの料理を再現しよう。私の腕では、物語のクライマックスを飾るアミルスタン羊の蒸し物はもちろん、この羊肉のソテーだって再現できないだろう。でも、添え物の長葱の酢漬けなら……。
焼いた長葱の外側を取り除くと、辛味のない柔らかな芯が現れた。夏さんが使ったのはきっとこの部分。ローズマリーの甘い香りも品良く絡む。なんとか雰囲気は出せたみたい。
え? クライマックスに登場するならアミルスタン羊の蒸し物にしてほしかったって? これはこれは。
「アミルスタン羊は舌ではなく、頭で味わうもの」
どんな食材も捌いてきた夏さんが言うのだ、従うのが賢明というもの。そんなに食べてみたければ、あなたも読んで味わってみるといい。
物語を通じてありやなしやの願望をむさぼり喰らう。これこそ、長い夜の飢えを満たす最高のディナーになりましょうや。
夏さん風・長葱のマリネ
≪材料(1人分)≫
長葱…1本
バージンオリーブオイル…大さじ1
レモン汁…大さじ1
はちみつ…小さじ1
塩…小さじ1/2
ローズマリー…適量
≪作り方≫
- 長葱は根元約15cmのみを使用。中が中空になっていないことを確認する。4cmぐらいに切る。
- 長葱をグリルで表面に色が付くまで焼く。
- 長葱を焼いている間に、長葱以外の材料をすべて混ぜてマリネ液を作る。ローズマリーは葉のみちぎって入れる。
- 火を止めたら、長葱の中心部分だけを取り出してマリネ液にひたす。
文・深森花苑