文豪たちが通った離島に佇む、「文学」がコンセプトのゲストハウス

東京には11個もの離島があるのを知っていますか? その中でも、都内から一番近い距離にあり、竹芝港から高速船で最短1時間45分で行ける伊豆大島には、文学にゆかりのスポットがあります。

それが、島内にある3つの港のうち南部に位置する波浮港(はぶみなと)。その昔、幸田露伴や与謝野鉄幹など、500人を超える作家たちが休暇や執筆のために訪れ、波浮を舞台にした作品を残しています。

見晴台から見た波浮港。宿は奥に見える山の上

波浮港の山の上には、本をコンセプトにしたゲストハウスが隠れ家のように佇んでいます。宿の名前は「露伴」。近年、島では人口減少が進み、波浮地域では約半数の家が空き家となっていました。そんな波浮をなんとかしたいと、大島に夫婦でUターンした方が開いたそうです。

実際に島を訪問し、宿をご夫婦で経営する山口健介さん、薫さんのお2人に開業を決めた理由や島暮らしのリアルを聞いてきました。

目次

江戸川乱歩のあの椅子が実際に?

「露伴」を経営する山口健介さん(右)、薫さん

――最初に宿のコンセプトを教えてください。

健介さん:コンセプトは文学で、内装は明治・大正・昭和初期あたりの文化を融合して作りました。本に注目したのは波浮を文学のまちとして発信する動きがあったからで、時代設定は文人たちがその辺りの時期に一番訪れていたからです。

もともと、島の「波浮の港を愛する会」の方が文人たちが詠んだ歌や詩の石碑を建ててくれていました。さらに、それらを結ぶ「文学の散歩道」というコースも作ってくれました。

でも、その文化に注目して商売をしている人はまだいないなと思って。他でしていないなら需要があると思いましたし、もっと波浮の魅力として発信したいなと思ったんです。宿の名前は、訪れた人の中にいた幸田露伴と、あとは自分が『ジョジョの奇妙な冒険』に出てくる岸辺露伴が好きなので、2人をかけて「露伴」にしました。

 

――ものすごくたくさんの本が並んでいますが、何冊くらいあるのですか?

健介さん:小説と漫画を合わせておよそ3000冊の本が並んでいます。

 

――健介さんが座っている椅子は、何やら不思議な雰囲気で目を引きますが、一体……?

健介さん:人によっては置かれている椅子を江戸川乱歩の『人間椅子』だと捉える人もいます(笑)。自分がミステリーが好きなことから、このようなデザインのものを選びました。

書庫に置かれている江戸川乱歩の『人間椅子』っぽい椅子

 

「生まれ育った場所で何かしたい」という思いで開業

ゲストハウス「露伴」の外観

――たしかに、人間椅子に見えますね(笑)。ゲストハウスにはどのようなお客さんが来るのでしょうか?

健介さん:子どもからおじいさんまで、年齢層はかなり幅広いです。タイプとしては、小説か漫画が好きという方が多いですね。宿に小説と漫画の両方を置いているのも、どちらか一方だけ好きな人でも楽しめるようにと思っているからです。あまり宿の外に出ず、ひたすら本を読んで過ごす人もいます。

 

――なぜ大島でゲストハウスを始めようと思ったのでしょう?

健介さん:最大の理由は、地元で何かしたいなと思ったからです。自分は波浮港のすぐそばで生まれ育ちました。その後、島の高校を卒業して、就職を機に島を一度は離れました。千葉に住んでいて、そのときに妻と出会って結婚したんです。

そして、子供が生まれたタイミングで島に戻ることを選びました。帰ってきてからは、友人が開業するゲストハウスの工事の手伝いを何度かしていて。そのうち、これは自分でも作れるなと思うようになったんです。

 

――なるほど、一度は島を出られたんですね。進学や就職のために島を出る人は多いと聞きます。健介さんも当時は島を出たいと思っていましたか?

健介さん:自分は島を出たいと思っていましたし、誰もが出たいと思っていますね。島に残るのは同学年のうち数人でごくわずかです。自分たちも、子供たちは絶対に一度は島から出したいです。いろいろ見てこい、っていうのが親としてはありますよ。

 

――お子さんを連れて移住したということは、子どもにとってはかなりの環境の変化ですよね。島に来てから、何かお子さんの様子に変化は?

薫さん:千葉に住んでいたときは、長女が保育園でしょっちゅう熱を出していたんですね。それが、島に来たらパタリと熱を出さなくなって。だから娘には合っていたのかもしれないですね。

その後、息子2人を大島で生みました。千葉にいる時は一人っ子の予定だったので、島に来ていなければ彼らは生まれてなかったと思いますし、結果的には島で生きることを選んで良かったです。

離島の空き家は激安だった

「露伴」が空き家だったころの外観

――それから10年後、ゲストハウスを始めるのですね。大島には空き家が沢山あり、この建物も元々空き家だったとのことですが、ここを選んだ決め手を教えてください。

健介さん:実は決め手というのはなくて、知り合いがこの家を管理していて、あるとき空き家として売り出すことになったんです。そのときに自分たちにも紹介してくれて、売ってくれるという話になりました。それでもう、即決で買っちゃいました(笑)。

薫さん:彼が突然私に写真を見せてきて、ここ買うからと言われたんですよ。

健介さん:本土とは金額が全然違って、尋常じゃない安さなんです。

 

――たしかに、離島の空き家って内地よりかなり安いと聞いたことがあります。ぶっちゃけ、都内で空き家を買う値段と比べたら何分の一くらいでしょうか?

健介さん:広さや築年数にもよりますが、都内の何十分の一くらいじゃないかと。大島でも場所によって変わってきますが、波浮エリアは家を持つことがリスクじゃないレベルで安いです。

薫さん:状態にもよりますが、学生でも買えるかもってくらい(笑)。 なので、こちらに家を買って、都内と島で2拠点で暮らす人が増えているみたいです。

 

――なんと、そんなに安いのですか!? 学生でも買えるとはとても気になります。ですが、ずっと使われていない空き家をこんな素敵な宿にするにはかなりの工事が必要ですよね。いったいどのように作っていったのでしょうか?

健介さん:買った空き家は和室が4部屋の典型的な日本家屋でした。それを、全て自分でDIYで作っていったんです。ところが、解体工事を始めた時期が2020年1月だったので、すぐにコロナが流行り始めました。

でも逆に、お客さんがしらばく来られないなら、自分が納得行くまで作りこもうと前向きに捉えることができて。書庫の本棚も全て自力で、時間をかけて作ることができたんです。完成までは10か月くらいかかったと思います。

大島で商売を成立させるコツ

宿には洋室と和室がある。こちらは洋室

――宿泊のお部屋は2部屋だけとのことです。大変失礼ですが、それだけの部屋数で経営していけるものでしょうか。

健介さん:もちろんこれだけでは絶対に食っていけないです。じゃあどうするかというと、他に物件の工事の仕事を請け負っています。それから実は現在、新たに宿と喫茶店を作っていて、今後はこれらもオープンしてやっていくつもりです。さらに、島外にいるオーナーにとある宿の管理を任されているので、そこの収入も入ってきます。

なので、宿3軒と飲食店1軒で、収入を安定させていくのが今後の目標ですね。大島は1つの商売ではなかなかやっていけないので、みんないくつか仕事を掛け持ちしてやっています。上手く空き家を活用させて店舗を増やしていく感じですね。

 

――近年、波浮港にはゲストハウスがいくつかオープンしたと聞いています。他の宿の経営者とはご近所同士でありながらライバルでもあり複雑なのかなと想像したのですが、実際はどんな関係なのでしょう?

薫さん:ぎすぎすしている感じはないですよ。うちの宿がある「上の山」エリアには計5件の宿があるんですが、各宿のメンバーが参加するグループLINEがあるんです。どこかの宿で予約が埋まって新規のお客さんを迎えられないときには、この日どこか空いてませんかと連絡を入れて、みんなでなるべくお客さんを受け入れられるようにしています。

経営者の年代が幅広いので、宿のコンセプトが見事にばらばらで、リピーターの層も違うんですよね。

健介さん:だからお客の取り合いもないし、各々自由にやっている感じですね。お前ふざけんなとかいうのは全くない(笑)。まあでも、自分は友達に「負けねえ」ってわざと言いますよ。お互いを高め合うような関係は大事にしています。

波浮港を観光スポットにしたい

波浮港のすぐそばにある飲食店が並ぶ通り

――先ほど、宿と喫茶店を新たに作られているとお聞きしましたが、「露伴」の次はどんな名前になるのでしょうか。もしかしてまた作家の名前ですか?

健介さん:作家の名前ではないんですが、名前はもう決まっています。宿のほうは、昔その建物で「五十番」というラーメン屋を営んでいたので、その名前を継ぎます。そこは自分が幼少期に食べに行っていたお店なので、何とも感慨深いです。

業種は違えども、名前を受け継いで営業できるのは再生だなと思います。喫茶店のほうは新たに名前を作りました。

 

――次も作家の名前になるのかとどきどきしていましたが、予想が外れました(笑)。今後の展望についてお聞きします。これから波浮をどんな場所にしていきたいと考えていますか?

健介さん:お風呂、食事、アクティビティといった観光が波浮だけでも満足いくようにしたいなとは思います。今は見て回れる場所が少ないので、観光客はどうしても波浮以外のエリアに足を運ぶことになります。でもそれじゃあ、波浮に泊まらなくても別の場所でもよくなってしまいますよね。

薫さん:ここは岡田港や元町港といった他の大きな港と比べると圧倒的に狭いので、徒歩で回ることができます。なので、そこにもう少しお店が増えればいいなと思っています。

健介さん:でもあまり今の形を変えたいとは思っていません。今の雰囲気に合わせた上で、新しいことをしていきたいですね。

 

――それでは最後に、波浮港に興味を持った人に向けてメッセージをお願いします。

健介さん:まず、伊豆大島という場所をいろんな方に知ってもらいたいですね。東京から船で2時間とかかからない島でありながら、東京とは全く違った時間の流れを体験できる伊豆大島へぜひお越しください。

終わりに

取材を通して、地元を盛り上げようと試行錯誤する夫婦の姿を知ることができました。また、離島の空き家は格安な一方で、いくつか仕事を掛け持ちしなければいけないという島特有の事情も知ることができました。

取材を終えた夜は、共用スペースの書庫で読書の時間を満喫しました。本の世界に没頭するには最高の空間です。さらに翌朝、「文学の散歩道」を歩いて文人たちの石碑を探してきました。彼らはこの島で何を見て、どんなことを思ったのでしょうか。

大島の波浮港、そして「露伴」は文学好きにはたまらない場所でした。(取材・文 ななか)

 

露伴

住所:東京都大島町波浮港14番地
WEBサイト:https://rohan.tokyo
Twitter: @rohanahor823710

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