諦めや憂鬱を歌うロックバンド・yonigeの歌詞が祈りである理由

疲れたとき、落ち込んだとき、あなたはどんな音楽を聴くだろう。アップテンポなファイトソングもいいけれど、背中を押してくれるはずの前向きな言葉すらも、自分を追い込む呪いのように感じてしまう瞬間がないだろうか。そんなときに救いの手を差し伸べてくれるのが、日本語ロックバンド・yonigeの音楽だ。

yonigeが歌うのは、諦めと絶望だ。飾りのない鬱々とした歌詞が、日々感じている言葉にできない憂鬱を丁寧にすくい上げ、受け止めてくれる。理由なんてないけど、全部イヤになってしまった……そんなときにぜひ聴いてほしいyonigeの楽曲の一部をいくつか紹介する。 

目次

退屈な日々も憂鬱も肯定する

 「往生際」

酷いことは起きない

日々はただ 過ぎてくだけで

暮らしの中にはきっと

山も谷もなく

さよならはいつも音もしないまま

何を失くしたか気づくこともできず

  

「春の嵐」

そうして日が暮れる

鬱陶しいほど早く過ぎる

全て満たされた僕たちは

何も面白いことできないよ

 

「ピオニー」

夜が明ける頃に僕はまぶたを落とす

意味があることに意味を感じなくなって

伝えたいことのない手紙を書いて

紙飛行機にして飛ばしているような

何もない日だった

テレビで見るような波瀾万丈な人生はかっこいい。それに比べて、事件なんて起きない、ただしょうもない悩みばかり増えていく平々凡々な自分の人生に思わずため息が出てしまう瞬間がないだろうか?

でも、「何もない日だった」 そう言い切ってくれるだけで、しょうもない悩みも退屈な日々も、それにともなう憂鬱も、丸ごと肯定してもらえたような気持ちになる。平凡な人生も悪くない。何も起きない日々を少しだけ愛おしく思えるようになる気がするのだ。 

絶望を絶望のまま受け入れる

「子どもは見ている」

誰も救わなくても、

大人になれた僕らは

二塁打が限界の

星のものに生まれた

  

「健全な朝」

憧れていたあの人は、天才なんかじゃなかった

それでもいいから、どうか演じきってよ

(中略)

やりたいことじゃない、やれることがある

夢は叶わない、日々は巡っていく

 

 「二月の水槽」

だれもわたしを知らないみたいな

心地いい朝が来たらそれでいい

まっすぐ伸び続けたそれはきっと

まっすぐ過ぎて折れてしまったようだ

君が撃った銃弾は今も体内を泳いでる

わかりやすい傷でもできればいいのに

行きつけだったコンビニは今じゃ駐車場に変わってる

寂しくなって振り返る間もないの

yonigeは何者にもなれない自分、叶わない夢、折れてしまった志など、人生の影の部分を影のまま歌い上げてくれる。「がんばって」「諦めないで」そんな前向きな言葉が負担になる。それくらい心が疲れ切ってしまった時、yonigeの「諦め」の言葉が救いになるように思う。

希望を語らず、ただ「日々は巡っていく」と歌う。無闇に励すのではなく、黙って気持ちに寄り添ってくれるような優しさ、誠実さがある。頑張らなくていい。諦めて、絶望を受け入れよう。そして、まず今日一日を生きてみよう。そのための小さな力を与えてくれる。 

純朴な祈りのことば

「センチメンタルシスター」

センチメンタルシスターが許して

泣かせた君も救われる

センチメンタルシスターが代わりに

君の過去を許して救うよ

(中略)

センチメンタルシスターが笑って

弱いわたしを誘うよ

センチメンタルシスターが代わりに

いじわるな君をかばってくれ

  

「トーキョーサンセットクルーズ」

誰も知らないあの歌がとても美しく思えた

どうかずっとそのままでいてほしいと思ってるんだ

  

「デウス・エクス・マキナ」

きみが笑う明日になる

発明がしたいなあ

ふつうなら諦める

ことばかり大さじいっぱい

(中略)

きみが嫌うもののない

世界がほしいなあ

記憶には残らない

冗談を最後にいっかい

人からの好意や愛情は、ときに負担になることがある。与えてもらった分なにかを返さなくてはいけないような気がして、けれどそれに見合うものを返すことのできない自分を呪ってしまったり。そんなとき、このシンプルな祈りの言葉が沁みてくる。yonigeの祈りには下心がない。見返りを求めない潔さが心地よく、心に響くのだ。

誰かが、どこかで、密かに自分の幸せを願っていてくれる。その存在そのものが、直接的な行動や言葉よりも大きな力になる瞬間がある。yonigeの言葉には、最後の最後に救いの手を差し伸べてくれる、純粋で素朴な祈りの言葉が込められているように思う。

終わりに

yonigeの歌詞は至ってシンプルだ。何気ない日常の一場面を切り取った情景描写や、飾らず素直に感情を吐露するような詩が多い。作詞を担当しているボーカルの牛丸ありさは、歌詞の内容はすべて実話だと語っている。彼女にとって作詞とは、創作ではなく生活の記録なのだ。

慰めや鼓舞の言葉が効かないとき、悲しみの中にある人を救うのは共感だと思う。この苦しさが自分だけのものじゃない、という事実だけで救われることがある。だからこそ、現実を現実のまま、憂鬱を憂鬱のまま歌い上げるyonigeの言葉によって、自身の悲しみも一緒にすくい上げてもらった気がして、心が少し軽くなるのだ。(文 キノウ)

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