萩原朔太郎 猫を通じて描いた都会への恋慕と失望

目次

『猫町』と世田谷区代田

『猫町』(1935年)は、萩原朔太郎(1886~1942年)の唯一の小説作品である。モルヒネ・コカイン中毒の主人公「私」が北越地方のKという温泉地を訪れた中で、猫の大集団に出会う。「私」の意識が回復すると、そこは普通の平凡な田舎町、いつも過ごしているU町であることに気づく。美術的に凝った意匠の建築物で構成された、繁華な美しい大通りを歩く中で、猫の精霊の住む町に迷い込む幻想文学である。

同氏は『猫町』執筆時、世田谷区代田に居を構えていた。当初は下北沢に住んでいたが、渋谷から延伸する帝都線(今の井の頭線)が開通することを知り、静かな場所を求め転居してきたのだった。

小田急線「世田谷代田駅」。リニューアルにより車寄せが設けられた駅前広場に、どことなく温泉街の風情を感じる。

代田の丘の61号鉄塔

朔太郎は鉄塔の下に自ら設計した家を建て、娘たちと生活していた。隣接地に高い建物の建つおそれのない、鉄塔下の代田の丘に建てられた家は、和洋折衷の斬新なデザインで、鉄塔を意識し鋭く尖った三角屋根の家だったという。

世田谷代田駅から鉄塔を頼りに歩いていくと、同氏が晩年を過ごした地にそびえる、「代田の丘の61号鉄塔」へとたどり着く(鉄塔を目印に歩けば、世田谷代田駅から同氏邸跡へとたどり着く)。

この鉄塔は高圧線を介して電力を供給しており、当時は碍子(がいし・電気を絶縁する器具)が青くほのめいていた。同氏は、都会の空に映るスパークを大きな青猫のイメージとして捉え、怪しげな魅力と親しみを感じていたという。

ところで、61号鉄塔には塔内ハシゴがあり、足を掛けられる。元々は保守管理のために設けられたものだ。同氏の長女で作家の萩原葉子(1920~2005年)は、自著『蕁麻(いらくさ)の家』の中で、次のように語っている。

あの高い鉄塔に登り、感電死するのが私の運命のような気がした。

朔太郎と葉子は、鉄塔の下に生活を共有していたが、それに対する印象は似て非なるものだったようだ。

朔太郎が晩年を過ごした場所から坂を下ると、緑道に設置された口碑が目につく。 

猫を通じて描かれた都会への恋慕と失望

小説『猫町』には朔太郎の、都会への諦観の念を感じる。 

あらゆる多くの人々の、あらゆる嘲笑の前に立って、私は今もなお固く心に信じている。あの裏日本の伝説が口碑している特殊な部落。猫の精霊ばかりの住んでる町が、確かに宇宙の或る何所かに、必らず実在しているにちがいないということを。

 現実世界への失望と、それでも理想的な世界があると信じたいという思い。世の中に絶望したとき、人はその傷を緩和するために夢想する。空想することで、心の奥底の傷を慰めるのだ。

筆者は常々、都会に上京する者は、多かれ少なかれ何かを期待しているのではないかと考えている。魅力的な都会であれば自分の居場所を見つけ出せるのではないか、ここでなら本当の自分を見つけられるのではないかと。

しかし、次第に気づいていく。一度は憧れた都会での生活が、次第に日常の風景になることを。自分は非凡な存在には到底なれず、やはりコツコツと日常に向き合っていくしかないことを。

 一方で、『猫町』以前の作品である詩集『青猫』(1923年)には、都会を愛おしく想う気持ちが描かれている。

私はいつも都会をもとめる

都会の賑やかな群衆の中に居ることをもとめる

群衆はおほきな感情をもつた浪のようなものだ

(中略)

ああどこまでもどこまでも この群衆の浪の中をもまれて行きたい

浪の行方は地平にけむる

ひとつのただひとつの「方角」ばかりさしてながれ行かうよ。

 一般的に、都会は冷たいという印象があるのではないか。他人に無関心、ターミナル駅では、誰もが吸い込まれるように真っ直ぐと目的地に向かう。しかし、そんな周囲への感心の薄さが、心地よい人もいる。誰にも干渉されず、人混みに紛れて生活することができる。朔太郎は、都会を彷徨う青猫を、高圧線の青白いスパークの中に見出した。

夢を抱いたはいいが、その落としどころを自分自身で見つけられない。そんなふがいない自分を、戸建て住宅に囲まれた、入り組んだ路地の多い世田谷のまちは、包み隠してくれる。

 最後に、同氏の処女詩集である『月に吠える』(1917年)から、『猫』という作品を紹介したい。 

まつくろけの猫が二疋、

なやましいよるの屋根のうへで、

ぴんとたてた尻尾のさきから、

糸のやうなみかづきがかすんでゐる。

「おわあ、こんばんは」

「おわあ、こんばんは」

「おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ」

「おわああ、ここの家の主人は病気です」

 真夜中の家の屋根の上で、猫がぴんとたてた尻尾のさき。終焉の地・世田谷代田に建てた、鋭く尖った三角屋根の家を、同氏はこの時点から夢想していたのかもしれない。

おわりに

近年、小田急線・世田谷代田駅周辺は、同線・下北沢駅へと続く道にかけて、再開発が進められた。20193月、下北沢駅を中心に隣の世田谷代田駅から東北沢駅までが地下化。それによって発生した約1.7kmの線路跡地が、「下北線路街」として開発された。多様な商業施設や宿泊施設が軒を連ねる中で、世田谷代田駅近くには、温泉旅館である由縁別邸が開業している。

その頃私は、北越地方のKという温泉に滞留していた。

温泉という共通項から、小説『猫町』と世田谷代田というまちの因果を感じるのは、筆者の思い過ごしだろうか。(文 らぶそん)

由縁別邸のエントランス。日帰りで入浴できるプランもある。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次