【エピソード5】壁一面に本棚のあるゲストハウス 旅人たちそれぞれの物語

子どものころから、旅に出るときは本を一冊カバンに忍ばせていた。旅と本はいつもセットだ。25歳になった私は、思い立って仕事を辞めて、壁一面の本棚があるゲストハウスで働くことになった。

 

長野市にある、カフェバーを併設した、町にひらかれたゲストハウスPise(ピセ)。ここには毎日、いろんな人が集まってくる。旅人、移住者、学生、傷心の人、現実逃避がしたい人、地元の人々。人が混ざり合うこの場所では、日々ドラマが生まれる。

私にとっては「いつもの場所」、訪れる人にとっては「非日常」なこの場所で生まれる、人と本との出会いを綴っていこうと思う。

 

目次

31歳、初めてだらけの旅の始まり

 

うらないに直感に、アシスタントに師匠に恋人に。いろんなものを頼りに進んでいけば、なんとなくそれらしいものにたどり着けそうな気がする。

『強運の持ち主(著:瀬尾まいこ)』より

 

「皆さんこんにちは。今日はゲストハウスpiseさんからお送りしています」

 

バーのカウンターで、ラジオの配信やってもいいかな? と、ヨガのイベントでご一緒しているヨガインストラクターの女の子が遊びに来た。

 

もちろん! 面白そうだしやってみようよ。「長野のゲストハウスから配信!」と銘打ったからか、いつもの彼女のリスナー層とは違う人たちが集まってきた。元バックパッカー、ノマドワーカーに、バンを改装して家族で国内を放浪している方。

 

配信を始めてしばらくして、東京のリスナーの方から「ゲストハウスってなんですか?」とコメントが来た。代わりに話してもらってもいい? と言われ、料理の仕込みの手を止めて説明する。「人に会うため、その町を好きになるために泊まる、素泊まりの宿です」

 

ゲストハウス、初めて知りました! 楽しそうですね、と早速うちのホームページを調べてくれたリスナーさん。聞けば、少し前に退職し今はのんびり休息しているところだそう。銭湯に向かうお散歩中にラジオの配信を視聴しているという。

 

「来週行こうかな。あ、来週はだめだ。そしたら……明日? どうしよう、行っちゃおうかな」とコメントが来る。「お部屋空いてますよ。予約取れます」と私。「長野いいところですよ! お金も時間もあって、しがらみが何もないなら来ちゃいましょうよ。何事もタイミングです」とインストラクターの女の子。「よし、行きます! よろしくお願いします!」

 

数時間後、本当に予約が入った。「わ、本当に予約が来た!」「なんかすごいことになっちゃったね」女の子とふたり顔を見合わせる。

 

翌日、お昼ころに「今日予約した者です……」と、おずおずと感じのいいお兄さんが入ってきた。あ! 昨日の配信のリスナーさんですね。宿の説明をしつつお話ししていくと、ゲストハウスの存在を知ったのは昨日、初めてのゲストハウス泊だという。

「実は高速バスも初めて乗ったんですよ。昨日はドキドキして眠れませんでした」と照れ笑い。「昨日、鹿肉の話をしてたのが気になってたんです」と鹿カレーを注文。ジビエも初めてだそう。「31歳、今日は初めてのことだらけです」じきにインストラクターの女の子もやってきて3人でおしゃべり。カウンターでお昼を食べていた地元のお客さんも加わり、賑やかなランチタイムに。

 

日が暮れる前に町へ散策に出かけたお兄さんは、夕飯もせっかくならここでとまたカウンターに戻ってきた。間もなくして、ご近所のゲストハウス1166バックパッカーズのスタッフさんが、ジビエメニューが食べたいとやってきた。ゲストハウスデビューのお兄さんに、この方も長野のゲストハウスのスタッフさんですよ、と紹介する。

 

2人がゲストハウス談義で盛り上がっているところに、テーブル席にひとりで座っていた若い男の子が移動してきて「隣いいですか?」と相席する。聞くと、彼も1166バックパッカーズに泊まっている学生さんで、散歩中にピセを見つけて入ってきてくれたという。

 

「俺ゲストハウスに泊まるの今日が初めてで。昨日思い立って予約したんですよ」

「えっ、自分もです! ゲストハウスはもともと好きなんですけど。長野行きは昨日の夜中に勢いで決めました。」

 

そこから3人で、ゲストハウスの話、旅の話、仕事の話に地元の話と盛り上がる。バラバラに見える3人だけれど意外な共通点があったり。

 

「はじめまして」の時間が好きだ。出身、仕事、バックグラウンド、好きなこと。はじめまして同士で、違うことと同じことを会話を通して見つけていく過程。旅の途中ですれ違い、出会い、時間を共にする。仕事をしつつ3人の話を聞いている私まで旅人気分になってきた。

 

ピセの閉店後、「せっかくならうちのゲストハウスも見ていってくださいよ」と3人はまだ話したり足りない様子で1166バックパッカーズに連れ立って出かけていった。

 

お兄さんからは翌朝「かつてないほど濃厚な一日を過ごせました!」とメッセージが。せっかくならこのまま旅を続けようと金沢に向かったらしい。その後はゲストハウスで出会った人々に勧められた場所を転々とし、京都、神戸、名古屋、飛騨高山を回ったという。彼のInstagramを覗いたら、旅の写真と共に「なんだこれ!! 一歩踏み出せば人生楽しすぎる!!!!!」と綴ってあった。

 

行きたいな、行けるな、行っちゃおう! はじめの一歩を踏み出せる人と踏み出せない人がいる。心に従って、身体を連れて行けるのはすごいことだ。はじめの一歩さえ踏み出せば、あとは勝手に流れに乗ればいい。いつもの銭湯に向かうだけのはずだったその足で、実はどこへだって行けるのだ。

 

 

 

いつでもどこでもきっと友だち

 

 

ともだちというのは、『しょっちゅう会ってなくてもかまわない』というところも含めて、いうのだと思う。

『ボールのようなことば(著:糸井重里)より』

 

「ちょうどここ数日、今の仕事辞める? なんて考え始めたところで。まだなんも今後の見通しとかないんだけど、辞めたら一旦長野行こ」

 

11月の半ば、九州で暮らす親友から連絡が来た。彼女とは、名古屋の大学に通っていたころ、旅行会社主催のイベントで知り合った。顔見知り程度のまま、私たちはそれぞれ同時期にカナダにワーキングホリデーに行った。彼女は東側、私は西側に。SNSを眺めては、あの子は楽しそうにやっていていいな、と羨んでいたが、バンクーバーで落ち合って数日間一緒に旅をして、互いのキラキラして見えたSNSの裏側を吐露しあい一気に距離が縮まった。

 

いつでも待ってる! と返してから5日後、「1月20日から22日の昼まで長野行こうかなと思ってる、会える?」と再び連絡が来た。会える、会えるよ。でもなんでまたそんな唐突に。

 

「転職決まったらそのタイミングでって思ってたけど、それが思ってたより遅いかもしれないし、早いかもしれないし」「ふうちゃんが突然拠点を変えることがあるかもしれないし」「と思ったら、ね、行くぞってなった」

 

そうなのよ、私もあなたもずっと同じ町にいる保証なんてないんだよね。地元を離れ、身一つで九州まで飛んだ彼女らしいな、と再会を心待ちにしてはや2ヶ月。

 

いよいよ今朝会えるぞ! とわくわくしつつInstagramを開いたら「お世話になりました」という言葉が添えられた彼女の投稿が目に飛び込んできた。えっ、仕事辞めたの? 結局彼女は、長野に来る前日に退職したらしい。

 

最後に会ったのはもう2年も近く前だったけれど、再会はあっさり。ショートヘアがトレードマークだった彼女の髪が伸びていて驚く。服の系統も、お化粧の色味も変わったみたいだ。でも笑うと目がきゅっと細くなるのは変わっていない。ゆっくり丁寧に言葉を選んで話す話し方も。彼女から見て私はどう変わっただろう。

連れて行こうと思っていた路地裏のおでん屋が満席で入れず、結局私がよく行く餃子が美味しい居酒屋に落ち着いた。巨峰サワーと生ビールで乾杯する。

 

「そういえば、私たち色んなところに行ったけど居酒屋ってあんまり2人で来たことなくない?」

「一回あるよ、今池のさ、ネオンかわいい、ここみたいな座敷の居酒屋」

「あー! 行った行った、なんで今池行ったんだっけ? うちら2人ってことはまぁ旅系のイベントだよね」

「そうだよ、なんかホールみたいなとこ行った。あれなんの講演だっけ?」

「え、覚えてない。打ち上げ行く人〜、みたいな空気がなんか合わなくてさ、2人で帰ることにして散歩したよね」

 

名古屋で学生時代を過ごした私たち。もう4年も前の話。コロナのある日常がすっかり当たり前になった今では考えられない話だけれど、当時はFacebookを開けば色んなイベントの案内が散らばっていて、知らない不特定多数の人たちと出会う機会がたくさんあったのだ。面白そうなものを見つけては、誘い合って2人で出かけて行った。

 

「あのころ私たちさ、『何者か』になりたくて必死だったよね。面白そうな人の話聞きに行って、こうなりたいーって。でもさ、今どんな話聞いたのか思い出せないの。あの時間が無駄とは言わないけど、なんか、もがいてたなーって思う」

 

学生時代の思い出を振り返って話すのはそこそこに、会っていなかった間の心境や、環境の変化、これからしたいことを話し合う。

 

「あのとき思い描いていたほど目立たなくてキラキラしたものではなくて、もっと泥臭いかもしれないけど、確実に、近づいてる、気はする」

 

私も彼女も、既に数回住む場所や仕事を変えた。自分が「何者」なのかは未だにわかっていないけれど、したいことと、向いていること、好きなことはようやく掴めてきた。

 

お別れの日。そういえば今回まだ一度もハグしていない! と気づき、駅の改札で彼女を抱きしめた。

 

「次会うのは、いつどこかわからないけど、またね!」

 

きっと彼女のイメージが学生のときのまま止まっている人もいるだろう。数年に一度しか会わなくたって、会って話せばお互いの「今」と「これまで」のチューニングがしっかり合う。お互いの変化を見続けられる関係でいられるのは幸せなことだ。今の彼女に、ここ長野で再会できてよかった。私たちはまた、変わって、そして少しも変わらずに、きっとどこかで再会できる。

 

 

 

1旅に出るのに必要なピース

 

 

「いつまでもここでだらだらゴロゴロしていたいですが、重い腰を上げ、過去に別れを告げ、ふりかえらず、でも楽しくのんびりと、はるか遠くに見える次の山に向かって歩んでみます。」

『ミトンとふびん(著:吉本ばなな)』より

 

まだまだ体の芯まで冷え込む二月の半ば。人と会う予定があって火曜日に休みを取った。月曜日の朝、会うのを延期にしてもいいかと連絡が来た。寝起きの頭で「了解!」と返す。さて、宙に浮いた休日をどうしよう。

 

二月は閑散期だ。コロナの影響もあり、客足はやはり少ない。「行きたいところがあったら今のうちに行きな」とオーナーに言われるも、実家のある東北に帰ったって寒いし、県外の友人たちに会いに行くのも憚られる。

 

一人旅? どこに? 行くならあったかいところがいいけれど、そうなると交通費がかさむ。私は知らない町をウロチョロ歩き回るのが好きだから、寒いなか出歩きたくない。部屋の掃除をするとか、ちゃんと自炊をするとか、こたつでぬくぬくしてた方がいいんじゃない? 家から出ない日もたまには必要だし……。

 

そうだ。上田に行っちゃおうかな。上田なら電車で一時間で行ける。昨年、上田から来たピセのお客さんに、「風音さん絶対好きです!」とおすすめを教えてもらった。Googleマップには星がたくさん散らしてある。一泊二日、頭の中で星と星をつないでいく。でもなぁ、寒いし。お金、かかるし。あれこれ考えていたら出勤の時間で、足早に家を出る。

 

「wantとcanが伴ったら行くんだよ!!」という友人の言葉を思い出す。行きたい気持ちもある、休みだってもう取ってある。たかだか一泊二日で隣町に行くだけなのに、なんで踏み切れないんだろ。どこにでも行ける、のに、どこにも行けない気がする。行きたいところがない。長い長い自粛生活で、旅をする筋力が衰えたみたいだ。

 

ピセのドアを開けようとしたら、携帯の通知音が鳴った。近所の本屋さん、朝陽館で働く女の子からだ。

 

「頼まれていた本、やっとこさ届きましたよ〜!」

 

取り寄せをお願いしていた、吉本ばななさんの小説が届いたらしい。ぱちん、とパズルのピースがはまった。あぁ、旅に出なくちゃ。

本好きな両親の影響で、旅行のときはいつでも一冊の本を持っていった。上田までは鈍行で一時間はかかる。電車旅にふさわしい本が手元になくて、私はいまいち乗り気になれなかったのだった。そうだ、私には読みたい本があったんだ。なんてタイミングだろう。

 

今日はもう取りに行けないけれど、朝陽館は11時から。本を受け取って、それから電車に乗ったってお昼時には上田駅に着ける。駅前においしそうな町中華があったな。お昼を食べたら宿に荷物を置いて……。

 

あれこれ考えながら開店準備をしていたらオーナーがやってきた。「風音ちゃん、行きたいところあるなら行きなね」と言われ、被せるように「火水連休にしてもいいですか? 上田に行きます」と答える。「うん、そうしたらいいよ」さぁ、旅に出なくちゃ。

 

 

旅に正解なんてない。旅程をつめて、観光名所を周り、名物を食べ尽くす。それも旅だ。宿や、ふらっと入った喫茶店にこもり、だらだら本を読む。それも旅。自分の部屋で読んでも響かない一節が、旅先では違って見えることもある。

 

旅は自分の体を遠くへ連れて行ってくれる。本を開けば心を遠くへ連れていける。旅に出ても、いつかは帰ってこないといけないし、どれだけ本に没頭しても、ページから顔を上げれば生活は続いていく。それでも人は今日も旅に出るし本を開くのだ。(文・風音)

 

ゲストハウス&バーPise

長野県長野市東後町2−1

WEBサイト:https://nagano-guesthouse.com

インスタグラム:https://www.instagram.com/guesthouse_pise_nagano

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