【エピソード2】壁一面に本棚のあるゲストハウス 旅人たちそれぞれの物語

子供のころから、旅に出るときは本を一冊カバンに忍ばせていた。旅と本はいつもセットだ。25歳になった私は、思い立って仕事を辞めて、壁一面の本棚があるゲストハウスで働くことになった。

 

長野市にある、カフェバーを併設した、町にひらかれたゲストハウスPise(ピセ)。ここには毎日、いろんな人が集まってくる。旅人、移住者、学生、傷心の人、現実逃避がしたい人、地元の人々。人が混ざり合うこの場所では、日々ドラマが生まれる。

私にとっては「いつもの場所」、訪れる人にとっては「非日常」なこの場所で生まれる、人と本との出会いを綴っていこうと思う。

 

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2日前に振られた女の子

 

コンビニ店員として生まれる前のことは、どこかおぼろげで、鮮明には思い出せない。

『コンビニ人間(著:村田沙耶香)』 より

 

ちょっぴり神妙な面持ちをした女の子がツカツカと入ってきた。まっすぐな暗めの茶髪にベージュのコート、私と同い年ぐらいだろうか。「お食事ですか?」と声をかけると、「あの、ここってゲストハウスですよね。今、アルバイト募集してますか? ネットで記事を見て」と言われた。あぁそれは大分古い記事ですね、今は募集してなくて、と説明する。

 

ゲストハウスお好きなんですか、と話を聞くと、「職場と家の往復ばかりの日々が嫌になって。いろんな人と話したいんです。ゲストハウスなら出会いがあるかなって」アポもなしにすみません、前を通ったので思い切って聞いてみようと思って、と謝られた。

 

なるほど、それならうちはぴったりかもなぁ。しかも、そういう勢いで動こうとする人の方が好きだ。せっかく来てもらったし、時間があるならお話していきませんか、と席についてもらう。

 

それにしてもガッツありますね、すごい、と褒めたら、「最近落ち込むことがあって、家に一人でいたくなくて」と呟く。え、話したくなければ話さなくていいけど、話したければ聞きますよ、と肩に手を置いたら、「わぁ今優しくされると泣いちゃう!」と表情を崩した。あらあら大変だ。聞けば半年付き合った恋人に2日前振られたばかりだという。

 

じきにお客さんが来るだろうから本でも読んで待っていて、と本棚の前に彼女を連れて行く。恋愛のレの字も無さそうな話が読みたい、と彼女が手に取ったのは『コンビニ人間』。気を紛らわすのに新しい趣味が欲しいんです。読書、いいかも、とページをめくりはじめた。

 

すっかり日が落ちてきて、ぞろぞろお客さんがやってくる。よく来てくれる面々に彼女を紹介する。「よくこの店入ってこれたね! ここの入り口、洞窟みたいだよね。怖くなかった?」ほんとにね、なかなか勇気がいると思うよ。

 

「いろんな人と会って疲れてない?緊張してない?」と聞いたら、「楽しいです。2日前に振られてなかったら、私今ここにいないんですよね。今頃部屋で1人でYouTube観るか寝てましたよ」とニコニコしていた。

 

ほんの一歩が、自分を思いがけない方向に連れて行く時がある。振られる前と全く違う人生がきっとここから始まるよ。

 

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