傍観者では済ませてくれない 読者の日常世界へ怪異を侵食させる怪談作家・梨さん

こんなに、脳が本能的に恐怖と不安を訴える怪談は初めて――。

それが、Twitterのタイムラインに流れてきた、怪談作家・梨さんの『瘤談』という作品を読んだ筆者の感想だ。まとわりつくような不気味さと、散りばめられた仕掛け要素は、恐怖と同時に好奇心を煽り、物語への没入を促してくる。

嫌な余韻が後を引く、けれどもっと深く知りたくなる、不思議な魅力を持つ怪談はどのようにして生まれるのだろう。無粋かもしれないが、その謎を究明したいと思った私は、梨さんに取材をさせて頂いた。

怪談作家。インターネットを中心に活動。日常に潜む怪異や、民間伝承などを取り入れた作風が特徴。

目次

作品と現実世界をリンクさせる仕掛け

――梨さんの怪談を読んだ後は、あまりの怖さにもう二度と見たくない……と思ってしまうのですが、気づけばまた読んでいる自分がいます。どのような仕掛けがあるのでしょう?

多くの読者は、安全圏にいながら第三者視点で、作中で怖がっている登場人物を見て楽しんでいます。ただ私は、読者も対岸の火事ではない、と表現したい思いがあるので、「第四の壁」と言われる作品と読者の壁をどう壊すかを常に意識しています。そのため怪談作品を創作する際に、現実世界と地続きでリンクさせることがあります。

例えば、民俗的なエッセンスを入れるときは実在する文献を引用したり、作中の登場人物のSNSアカウントを実際につくったり。これは物語を、自分の世界の地続きで起こっていることとして見て欲しいからなんです。そういうところが自分の作品の核になっていると思います。

――読者と作品の壁を破るということは、読者が傍観者では済まされない、容赦ない恐怖を与えると思うのですが、そういう作品を書き続ける理由は何ですか?

私はリアル脱出ゲームのような、謎解きゲームの演出にも関わったことがあるんです。参加者が自分でゲームの世界に介入して、物語を動かしていくコンテンツに触れていた経験から、読者の行動も込みで怪談を形作る演出ができないかと考えていました。

最新作の『瘤報』では、ファイルのアップローダーを使ったギミックを考えました。読者が自分でパソコンに取り込んだZIPファイルを解凍し、なかの情報を読み解くことで、物語により深く入っていくようにしたんです。ただ作品を読むだけではなく、読者が自分から歩み寄ることで成立する怪談があったら、すごく面白いんじゃないかなと。

この考えは、謎解きゲームなどいろいろな創作物からのエッセンスによってつくられていると思いますね。

――作品内に仕掛けられていた情報を、読者自身が入手し、物語により深く入っていくという仕掛けは、確かに謎解きゲームと共通しています。

私の作品を読んだ人が、ネット上で考察を書いてくださることがあるのですが、実はそれも想定して、考察記事を誰かが上げてくれる前提のもとに怪談を書いたこともあります。『攀縁(はんえん)』という作品は、考察することが一種の呪いになって、読者もその呪いに引き摺り込まれるという話です。

最も意識するのは“音の響き”

――自分にも被害が及ぶ系の怪談は、かなり恐怖心をあおりますよね。

『さっちゃんの四番の歌詞』とか『紫鏡』とか流行ったじゃないですか。この作品を読んだことによって、あなたのところにも不幸が来るかもしれませんよ、という。

ただ、そういう怪談は好き嫌いがわかれると思うんですよ。「そんなこと言われても」っていう感じですもん(笑)。なのであまり全面に出さずに、あくまでも作品のエッセンスとして取り込むことと、そのギミック以外でも楽しめる要素をつくることは心掛けています。

――ちなみに作品を書くときは、読み手を怖がらせることを意識していますか?

恐怖感というより、気持ち悪いとか、気味が悪いとか、不快感が残るような書き方ができれば良いなと考えています。そのために、特に音の響きを意識しています。これは以前、音声作品の制作に関わっていて、音の響きがどのように人の感情に影響するか、学んでいた経験があるからです。

例えば句読点が入ると、読み手は必ず音をそこで区切るじゃないですか。なので、句読点の位置や音数、あるいは母音の数を意図的に操作することによって、いろいろな効果を生み出そうとしています。

――お話を聞いて、梨さんの書く物語が立体的な理由がわかった気がします。文章表現だけではなく、謎解きゲームや音声作品の制作など、いろいろな経験をうまく文章表現に落とし込んでいるんですね。

インターネットって、文章だけじゃなくて、音声や画像や動画などの媒体があるので、せっかく発表するのであればいろいろ組み合わせたい、という思いがあるんですよね。つくっている側も楽しいですし、読む側も幅広い経験ができるので。

一度、電話をギミックに組み込もうとしたことがあったんです。電話の自動音声案内で、「〇〇の方は何番を押してください」みたいなサービスがあるじゃないですか。あれを使って、物語の登場人物に、読者が電話をかける仕掛けをつくろうとしました。

でも、あまりにも予算が大きいのと、サービス提供会社の方に趣旨をわかっていただけなかったので、没になってしまいましたけど。今もやりたいギミックは500個くらいあるので、今後どうにか昇華していきたいです。

ネット怪談との出会いが創作のルーツに

――梨さんが怪談を書くに至った経緯は何ですか?

子どものころに、インターネットで「八尺様」を読んだのがきっかけです。当時、怪談といえば、「トイレの花子さん」くらいしか知らなかったので、ネット怪談があまりにも衝撃的で、どんどんのめり込んでいきました。それで、2ちゃんねるの洒落怖スレなどに、「自分もちょっと書いてみようかな」と思ったんです。

※八尺様…2ちゃんねるのオカルト板で紹介された怪談。名前の通り八尺(およそ240cm)の背丈を持つ女の姿をしており、「ぽぽぽぽ/ぼぼぼぼ」と男のような声で奇妙な笑い方をする。彼女に魅入られた男性は、取り憑かれて死に至る。

※洒落怖…2ちゃんねるのオカルト板スレッド「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみないか?」の略称。

――怪談作家としての「あるある」を教えてください。

例えば市街地を歩いていて、オフィスビルがあって、窓のカーテンが一つだけ閉まっていたとするじゃないですか。そしたら、「これは何かあるんじゃないか」「怪談にできないかな」など日常的に考えています。友達と出かけたときに、こういう話ばかりしてしまって、「やめて」って言われたこともありますね(笑)。

最近もコンビニで、コピー機から印刷物が出てくるのを待っていたときに、「この設定は怪談にできるのでは?」と思い、『瘤告(※公開終了)』という作品を書きました。私は読者の方に、「自分の身にも起こるのでは」と思ってほしいので、日常の何気ない物事を怪談の導入にすることで、話にのめり込みやすくしています。

――日常と怪談を結びつける発想力や創作力は、どのように養っているのでしょう?

怪談仲間の集まりでは、「このキーワードを必ず入れて怪談をつくりましょう」みたいなことをゲーム感覚でしたりします。ときどき「パイン飴」みたいな、「そんなの怪談にできるわけないだろ」ってものをお題にする人もいますけど、書く練習にはなりますね(笑)。

私が活動しているSCP財団という創作のプラットフォームでも、メンバーで大喜利みたいに「ここにある信号機をどんな記事にしますか?」など、飽きもせずやっています。

※SCP財団…英語圏の匿名掲示板に端を発する創作プラットフォーム。「SCP(secure, contain, protect/確保、収容、保護)」と呼ばれる、超常的な物体や現象の隔離を目的とした架空の組織で、サイトではそれらの異常物体の報告書として、様々な創作物を読むことができる。

――ちなみにこうしてZoomで話しているときも、このシチュエーションがどう怪談になるか、考えたりしているのですか?(※このインタビューはオンラインで行いました)

そうですね。例えば、衛藤さん(取材者、20代女性)の声が急に40代の男性の声になって、ものすごい笑い声を出してきたらどうしよう、なんて思ったりします(笑)。職業病みたいなものですね。

「いいね!」と思ってもらえる怪談をいかにつくるか

――根っから怪談をつくるのが好きだと伝わってきます。私はホラーコンテンツを見ると、恐怖に苛まれるだけで完結してしまうのですが、梨さんの場合は創作意欲にもなっているのでしょうか?

私はホラー映画を見るとき、部屋を暗くして、ヘッドフォンをして、半開きにしたドアを背にします 。冒頭に「この映像の視聴中に、あなたの体に不調をきたすかも知れません」というテロップが入ると、「よっしゃ、ばっちこい!」って感じます。できる限り自分が恐怖できる環境をお膳立てして、ホラーコンテンツに臨んでいますね。

ただ、つくる側になってから、純粋に楽しめなくなってしまったんです。「怖い」というより「何でこれ思いつかなかったんだろう」って考えてしまうようになったので。まあ、それも一種の楽しみ方ではあるんですけど(笑)。

――改めて、梨さんにとって怪談の魅力とは何なのでしょう?

怖い体験を話そうとしている人がいるとします。その人は何を怖いと思ったのか、体験した出来事のどの部分を切り取って、どういう風に伝えるのか。そういった個人の価値観や内面世界が垣間見えるのが、私にとっての怪談の魅力です。

私は「幽霊は本当に存在するのか」よりも、「この人はなぜ幽霊が存在すると思うのか」「なぜそれを幽霊と認識したのか」などに興味があって。怪談は、そうした部分を探るうえでとてもよい装置だと思っています。

――怪談は書き手がたくさんいて、作品も膨大にあります。そうしたなかで、新しい怪談の題材を考えていかなければならない、創作の難しさは感じますか?

そもそも怪談が好きな人って、目が肥えているんですよね。「生き人形」「八尺様」などの有名な話は、当然知っています。また今は、TwitterなどのSNSで怖い話が出回るようにもなって、怪談の裾野もすごく広がっています。

そういった状況で、私が影響を受けた現代ホラー作家の三津田信三さん、京極夏彦さんなど偉大な先人の方々にどう追いつくか、どう越えるか、本当に難しいです。

あと怪談は、人が嫌がるコンテンツなので、「うわぁ……これ怖い、嫌だ。だからこそいいね!」とはなかなかならないんですよ。「怖い、嫌だ」から「いいね!」と思ってもらえる作品づくりをいかにするか、考えていかないといけません。

――今回のお話を踏まえて、また梨さんの作品を読ませていただこうと思います、ありがとうございました。

取材を終えて

一語一句計算されて綴られた文章で、現実味のある物語が淡々と進む。日常的な何かが仕掛けとして組み込まれ、読者は気づけば物語のなかに足を踏み入れている。没入感や不快な余韻を残す魅力的な作品が、どのように生まれているのか納得がいった。きっと、私はまた梨さんの作品を読んでしまうのだろう。

今年の夏は、ただの傍観者ではなく、怪談を日常のなかで体験してみてはいかがだろうか。(取材・文 衛藤佳子)

梨さんの作品・SNSアカウント

note:https://note.com/pearing

SCP財団:http://scp-jp.wikidot.com/author:pear-qu

Twitter:https://twitter.com/pear0001sub

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