『cocoon』『アノネ、』など、現代の女の子の視点で戦争を描く漫画家 今日マチ子さん

 P46

 

昨年、日本は戦後70年を迎えた。今や世界有数の平和大国と呼ばれ、私たちは豊かな暮らしを送っている。繰り返してはならない、だからこそ伝えていかなければならない、戦争の記憶。当時を知る方々がお年を召され、語り部の数が年々減少している中、「戦争と少女」というテーマで作品を発表し続ける漫画家がいる。今日マチ子さんだ。

 

インターネット上で発表した一コママンガ『センネン画報』が話題となりデビュー。その後は、沖縄のひめゆり学徒隊を題材にした『cocoon』をはじめ、『アノネ、』『ぱらいそ』など、戦争を少女の目線で描き続けている。決して平和活動家ではない、という今日さんが、なぜ戦争という題材を選んで書き続けているのか、お話を伺った。

 

目次

完全な真実を描くのは難しい、だからこそ『cocoon』が生まれた。

 

P18

 

今日さんが戦争ものの作品を執筆するようになった経緯を教えてください。

 

担当編集者が沖縄出身で、ひめゆり学徒隊(※)をモチーフにしようと提案されたのが『cocoon』を描いたきっかけです。2008年のことでした。正直、戦争ものにあまり興味はなかったのですが、「少女の視点から戦争を描いてみないか」と。それならば自分に合っていると感じてお受けしました。

 

※昭和20年(1945年)、アメリカ軍との沖縄戦で従軍看護要員として動員され、戦死した沖縄師範女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒・職員

 

 

ひめゆり学徒隊を題材にするにあたって、意識した点はありますか。

 

史実を大事にしましたが、私自身は体験者ではありません。完全な真実を描くのは無理なので、ある程度はフィクションにしようと考えていました。なので、現代の女子高生が、ひめゆり学徒隊の話を聞いた後に見る夢のような話……という風に置き換えたのです。

 

 

編集担当者からアドバイスされたことはありましたか。

 

残虐なシーンを描き慣れておらず、「これでは戦争の酷さが伝わらない」と言われました。しっかり描くことで、逆に日常の軽やかさも際立つのではないか、と。それからは、残虐なシーンも意識して描くようにしましたね。

 

 

『cocoon』では、「繭」が少女の心情の変化を表すうえでキーワードになってきます。どういった思いが込められているのでしょう。

 

少女の心情を表す目的もありましたが、物語の中で戦争と少女の成長を重ね合わせたかったので繭を用いました。終戦後に少女の「繭」が破けて大人になる、ということを表そうと思ったのです。 

 

戦争の悲惨さよりも、その時代に生きた個人のことを描きたい

 

P21

 

今日さん自身はよく、「戦争漫画の文脈から離れて、少女たちを描きたい」とおっしゃっていますが、どういった形でそれを表現しようとなさっているのですか。

 

戦争の悲惨さを伝えたい、という気持ちも根底にはあるのですが、戦死者の方々はそもそも、自分の人生を「戦争で亡くなった人」として語って欲しくないと思うのですよね。ひとりの個人として「こういう子でした」とか「こういうことがありました」みたいな話から始めて欲しいのではないかと。その子の人生の中にたまたま戦争があって、一番大事な変化の部分に重なっていたかもしれない、と念頭において作品を作っています。

 

 

戦争ものの作品を描くにあたって、葛藤はありませんでしたか。

 

ありましたし、当時はデビューしたばかりだったので、色物扱いされないか不安はありました。また、平和を訴えている活動家に見られたくない、という思いもありましたね。ただ一方で、戦争は実際に起きたことですし、亡くなった方もたくさんいらっしゃいます。そういう方たちに対し、いかに誠実であり続けるかは常に意識していました。

 

 

『アノネ、』ではアンネ・フランクだけでなく、ヒットラーの視点でも描かれます。登場させた意味などあれば教えてください。

 

『cocoon』を執筆中にオランダへ行き、「アンネの隠れ家」を訪問したんです。アンネ・フランクは聖なる少女、可哀想で健気で頭が良くてという風に偶像化されて、ほとんどアイドルのようになっていますよね。けれど、そういうイメージを持たれるのは、彼女が本当に願ったことなのかと。一方で、アンネを死に追いやった張本人のヒットラーも、悪の権化みたいに言われていますが、元々はただの一人の人間。そう考えて、一番対比させられる同時代のふたりを、同じ次元に置いた作品を描いたのです。 

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