うらら屋
続いて紹介するのはうらら屋さんだ。上品そうな女性店主の選ぶ絵本は全てがかわいい。特に猫の「まんまるがかり」という絵本が素晴らしく、しょっちゅう丸まっている猫が家にいる身としては「この絵本、超欲しい……」と心が釘付けに。
「あとで、あとで買いなさい。今は他に聞くことあるでしょう?」という脳内の声に従ってお話を聞いた。
「うらら屋さんでは絶対売れない本、出品しましたか?」と聞くと、「実は、遅れて到着したので、用意したけれど(絶対売れない本のブースに)出していないんです」とのこと。
お願いして本を見せていただくと、指輪物語でおなじみのトルーキンの「星をのんだかじ屋」(弓書房 猪熊葉子注釈)の英語教材が登場。店主の方が高校生の時から持っているというこの本、装丁もかわいらしく、何よりピンク色のノートも付いているところがマニア心を擽る。
「売らないんですか?」と聞くと、「うーん、最初は2千円ぐらいで売ろうと思っていたんですけれど……」とのこと。
2千円、買えるじゃない!! と心が浮足立ち、「じゃあ、もし、欲しいという人(私)が現れたら、2千円で売りますか?」と続けると、「あ、いや、それは人を見てお譲りするか決めます」という新たなハードルが私に立ちふさがった。
そう、お金の問題だけじゃない。 長い間ともに過ごしてきた本を譲るとき、高値を付けるという他にも、「譲っていいかなと思う人と相談して、自分の納得した値段で譲る」という判断もあるのだ。
トルーキンの本を一冊も読んでおらず、映画指輪物語三部作は大体寝落ちしていまだに全容を把握していない私が、「装丁がいい」「値段もお買い得だ」という理由で果たして買いたいと言っていいのだろうか? 私は買い手としてふさわしくないと納得し、うらら屋を後にした。 古本道は思いのほか深い。
レインボーブックス
色々な店主さんに話を聞いてみると自然とその思いが強くなるのだが、ここで登場するのはレインボーブックスの一戸さん。
一戸さんは「海辺の本市」の広報を担当。本のブースもご本人が不在の場合が多く、ようやくお話を聞けたのは閉場一時間前のことだった。
聞けば、単身赴任をきっかけに一箱古本市にはまり、出店回数は5年で100回を優に超えるという知る人ぞ知る猛者である。次の日も別の地域で出店するというフットワークの軽さには驚くばかり。
そんな古本道にどっぷりハマっている一戸さんは、「絶対売れない本の企画」をどう思っているのか聞いてみた。
一戸「『絶対売れない本』の企画は、出店していてもなぜか動かない本ってあるよね、どうしてだろうね、という話から始まりました。古本っていうのは、できればいい人に買ってもらってほしいものです。自分が愛着がある本がずっと残っていると、どうしてだろうと思うし。娘のいる父親みたいなもので、良いところに嫁いでもらえるとうれしいんですよね。
しけこ「ICUの図書館で入荷以降一冊も借りられていない本フェアというのもありましたね」
一戸「あれも意識しましたね。あと、企画会議の中で『売りたくない本もあるんじゃない?』という話にもなって」
しけこ「私がお話を伺った中では、愛着があるから売りたくないという本を出したという方が多かったです」
一戸「そうなんですよね。手作り絵本を何冊も作っている方で、1億積まれても売らない!って言っている方もいます(笑)。そういう本もあるだろうなと。
ちなみに私が出した本は高見順の『如何なる星の下に』などです。いい本ですし、この本は高見順氏の十回忌に秋子夫人が装丁したという所以のある本です。けれど毎回残ってしまって。今回は800円で出しました。売れるといいんですけどね」
なぜこれが売れないのかという本や、売りたくない思い入れの強い本。そんな本がまぜこぜになっているブースが、「海辺の本市」の「絶対に売れない本」コーナーなのだ。
口笛ブックセンター
その中で一つ、素敵だなと思う本があった。大島弓子のイラスト詩集「小幻想」(白泉社・チェリッシュブック)である。 高校生の頃から好んで読んでいた大島弓子の作品は、大人になった今でも友人や職場の人に借りたりして、自分でもときどき購入する。
この本を出展されたのはBALADEUR(バラドゥール)と共同のブースに出展されていた口笛ブックセンターの女性店主だ。
「こちらの本は、あまり市場に出ていないんです。目にする場所もお友達の家だったり。皆が手放したくない気持ちが分かるというか。けれど、好きな方に見てもらいたい気持ちもあるし……と迷いながら出しました」 と、心境を語ってくれた。確かに初めてみる作品で、なにより詩集というのが新鮮だ。
そういえば職場の人に借りた大島弓子の漫画の中に、ミルク・ラプソディという詩の短編があったことを思い出す。とても可愛らしい猫の詩編で、私のお気に入りだけれども手に入りにくい。けれどいつか手に入れて、人に薦めたいなと思う作品だ。
この本はどうだろう? 今まで大島弓子の本を貸してくれた友人達は気に入るかな、それともすでに知っていたりするかしら。3千円と値がついたその本を、結局私は購入した。 買う前に一番わくわくしたからだ。内容はもちろんのこと、人に貸して感想を言い合える本に出会えるのもうれしい。
赤い可愛らしい本には、そっとハガキが添えられていた。活版印刷も手掛けている店主が作ったもので、大島弓子、萩尾望都の台詞が印字されている。
「バナナブレッドのプティング、Sさんに借りたな」と思いながら今まで付き合わせっぱなしのSさんを見ると、彼女は本をたくさん購入してほくほくしていた。
「絶対に売れない本」は、私が購入した「小幻想」と、「如何なる星の下に」の二冊が売れた。「小幻想、買おうかなと思っていた」と言う方もいたので、危ないところであった。
その他の売れなかった本も、中原淳一、寺山修司などのビッグネームの本や、歌手の寺尾紗穂がインスピレーションを受けて作詞したとされる奥山儀八郎の「珈琲遍歴」など、話を聞いてみると手に取ってみたい本ばかり。 様々な店主さんの思い入れの詰まったこの企画を十分堪能し、古本市を後にした(四畳半 しけこ)。