【前編】「谷崎潤一郎メモリアル2015」『春琴抄』のキーワードは「萌え豚」と「印刷機」?

 

これでペースをつかんだのか、トークは阿部の独壇場に。谷崎の作品ではセクシャル、フェティッシュ、マゾヒズムなどの要素ばかりが注目され、ときに「変態作家」と評されることについて、「それらの読み方は出尽くしているし、生産性がない。脚フェチとかどうでもいい」とバッサリ。「彼が本当になりたかったのは印刷機なんです」と発言し、再び会場をざわつかせる。

 

その理由として阿部は、谷崎が「谷崎活版所」という印刷所で生まれたことに触れ、「その境遇が重要なのだと思う」と前置きした上で、「春琴が三味線の撥で弟子の頭を殴り、血が垂れるシーンがあるが、肌色に赤い色が付く描写が大事。『刺青』もそうで、谷崎は刺青を書きたかったのではなく、印刷機への欲望として書いているだけ」と大胆な仮説を披露。

 

春琴抄のクライマックスで、佐助が自分の目を針で突いた瞬間、黒目が白く反転してしまうシーンこそが、印刷機への憧れを表していると分析する。またその行為によって、色白の春琴、色黒の佐助という白黒の関係も反転することを示しているとし、「佐助は盲目になることによって、萌え豚的な想像世界に入っていくんです」と独自の見解を示した。

 

『春琴抄』のストーリーは苦手だと明かした奥泉も、やはり同作に魅了されていることに変わりはない様子。「ある種の物語性が、爆発するようにはみ出す瞬間がいっぱいある。作者が評伝を超えて召喚したのはストーリーではない。言葉、というより声と言っていいかもしれない。それを呼び出したことにしびれている」と、大作家に敬意を払いながら言葉を紡ぐ。

 

特に物語のラストで、盲目となった春琴と佐助が寄り添うシーンを挙げ、「二人の燃え立つような小説世界が描かれており、作家として最も嫉妬する場面。『春琴抄』は谷崎作品の中でというより、近代小説の中でも突出している作品」と大絶賛。阿部も川上も大きく頷いていた(取材・文 コエヌマカズユキ)。

 

後編に続く。

 

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