【前編】「谷崎潤一郎メモリアル2015」『春琴抄』のキーワードは「萌え豚」と「印刷機」?

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左から夢眠ねむ、奥泉、川上、阿部

 

4月8日、「谷崎潤一郎メモリアル2015」がよみうり大手町ホールで開催され、第1部で作家の阿部和重、川上未映子、奥泉光が「春琴抄」の魅力について語り明かした。中でも独自の視点で分析したのは阿部で、「萌え豚」「印刷機」などのキーワードを挙げて、集まった谷崎ファンを沸かせた。

 

2015年は「谷崎潤一郎賞」の創設50周年にあたり、メモリアルイヤーということで開催されたこの日のイベント。第1部は阿部、川上、奥泉が『春琴抄』について語り明かす「『春琴抄』の世界」、第2部は奥泉と読書好きアイドルの夢眠ねむ(でんぱ組.inc)による「文豪を楽しむ 谷崎潤一郎入門」という2部構成で行われた。

 

定刻の19時に第1部がスタート。奥泉はジャケット、阿部はライダースジャケット、そして紅一点の川上は白いドレスに身を包んで登壇した。

 

第1部は元々、好きな谷崎作品について3人がそれぞれ語る、という内容だったが、一番好きな作品は全員が『春琴抄』だということが判明。急きょ、『春琴抄』について語ることになった。

 

『春琴抄』あらすじ

盲目の三味線師匠春琴に仕える佐助の愛と献身を描いて谷崎文学の頂点をなす作品。幼い頃から春琴に付添い、彼女にとってなくてはならぬ人間になっていた奉公人の佐助は、後年春琴がその美貌を何者かによって傷つけられるや、彼女の面影を脳裡に永遠に保有するため自ら盲目の世界に入る。単なる被虐趣味をつきぬけて、思考と官能が融合した美の陶酔の世界をくりひろげる。

 

口火を切ったのは奥泉。『春琴抄』の魅力について、「文章のグルーブが好き。それに尽きる。ストーリーは嫌い」ときっぱり。その理由は、グロいシーンが苦手だからなのだそう。未読の観客向けに、『春琴抄』のあらすじを説明するも、佐助が自ら目を突くシーンになると「あー、言いたくない!」と頭を抱えて会場を笑わせた。

 

続く川上も、19~20歳頃まで谷崎作品は未読だったが、好きだった小林秀雄の著作に、谷崎の『人魚の嘆き』を読んで逆上するほど興奮した、という一節があったことから、同作を手に取ったエピソードを披露。だが独特の世界観についていけず、結局挫折してしまったそうで、本格的に読むようになったのはしばらく時間が経ってからだったことを明かした。

 

それに対し阿部は、「確かに嫌悪を感じる内容もあるが、形式によって説得されてしまうのが谷崎作品」とし、内容と形式の関わり合いが『春琴抄』の本質、と説明した。そして本作において、キャラクターはどうでもいい存在、と断言。その理由として、作品の中で、確定的な事実として提示されているものが一つもないことを挙げる。

 

そもそも春琴抄は、春琴について書かれた評伝と弟子の証言をもとに、谷崎とおぼしき語り手によって再構成され、提示されている物語だ。語り手の推測と意思によって作られている、コントロールされた作品世界にほかならない。そのため作品に登場するのは、物語を作るために召喚された、単なる素材に過ぎないのだという。

 

その中で佐助や春琴の思いや行動を分析しても、真実にたどり着くことは決してできないが、読者はつい心理を読み解き、想像しようとする。その運動そのものを作品化したのが、春琴抄なのだと力説した。

 

「だから今風にいうと、『春琴抄』は二次創作なんです」と阿部。さらに、かつて作家の中上健次が、谷崎を「物語の豚」と評したことを引き合いに出し、「語り手が春琴というキャラクターに萌えていることを表現するために、二次創作として描いたから”萌え豚”。つまり、『春琴抄』は豚の話なんです」と大胆に説明。

 

沸く会場をよそに、川上は冷静に「萌え豚って言葉あるの?」とツッコミを入れていた。

 

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