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文章は誰でも書ける。「私は書けない」って書けばいいんだから
―大学では、物書きを志望する生徒たちに、どんなことを伝えているのでしょう?
生徒には、「あんたたちは文章を書けないと思ってるけど、誰でも書けるよ」って。うちは夜間だから、コンプレックスを持ってる人が多い。誰でも入れるんだからさ。そんなコンプレックスは、自分の作品を描くことによって越えられる。だから書いてごらん、と。一冊書いたら本当に世間の見る目が変わるんだから。一日一枚書けば、一年で365枚で一冊になる、って言ってる。簡単なこと。
もし書けないって人がいたらね、「私は書けない」って一行書いてください。次に「なぜ書けないのだろうか。さっきから3時間も机に向かっている。外では赤ん坊の泣き声がした。じゃあラジオを聞こう。ふと時計を見るとまだ15分しか経ってない。私はようやく四行書けた……」と延々と書いてるうちに、書けるようになってくるんだよ、試しにやってごらんと。
ーそれはユニークな教え方ですね!
素人は机に座ったら悩んじゃう。一週間経っても座ってるだけで、一行も書けないよ、悪いけど。だったら「一行も書けないんです」って書きなさいよ、最初に。どんどんリラックスして、書くことがこんなに簡単だって初めて分かるから。
「最初の一行で決めたいので」って言う人もいるけど、あんたの頭じゃ決まらない。百冊も本を出した奴はスッと書けますよ。だけど一冊も出してない奴が、一行で決めようなんて馬鹿なことは止めなさい、一生かかるよ、ってね。
―確かに、難しく考えすぎると書けなくなってしまいますよね。
もう一つね、例えば山々、とか花々っていうのは書いちゃいけない、っていうのは三好達治が言ってるんだよ。なぜだか分かる? 文章の中に「山々は~」ってあったら、それは富士山なのか箱根山なのか分からんないでしょ? 北アルプスですか? 槍ヶ岳ですか?
「カステラを食べた」じゃダメ。福砂屋ですか、虎屋ですか? 全部具体的に書けよ、文章ってそういうもんだと。花々がキレイ? 何言ってるんだよお前、チューリップと桜どっちなんだよ、とそういう注意はします。
午後のノートのように……格好いいじゃない!
ーほかにも、文章を磨くためのユニークな授業を行っているんですか?
「雪のように白い」って書いたらお前終わりだぜ、ってことは言います。授業でね、じゃあ順番に、「何々のように白い」なのか言ってみなさいって言うの。「看護師さんの服のように白い」「老人の白髪のように白い」「白壁のように白い」「Yシャツのように白い」とかさ、ずっと言うわけよ。100ぐらい言って、「……っていうのは止めような、みっともないから。誰でも言ってんだから」ってね。
3年くらい前にね、授業で帽子かぶってマスクしてさ、下向いてる男がいたのよ。こいつは当てても言えないよ、嫌な奴だなあって思ったら、「午後のノートのように白い」って言ったのよ。格好いいじゃない、アンニュイな感じで!
くだらないことを黒板に書いてるわけよ、ハゲの親父の先生がさ。あーだこーだいって、つまらない授業だなって、生徒はノートには一行も何も書かないわけよ。あーって窓を見て、夏休み早く来ないかなーなんて思ってさ。そういう情景がお前の一言で浮かんできていい、って褒めちゃって、「悪いけど俺に使わせてくれる?」って言ったこともあった。