【2/4】朔太郎さんに謝りたい!~勝手に名前を使ってごめんなさい~

 

 「私事」を追求すると「私たち事」になっていく

 

―自分のための作品でありながら、人の心に響かせるにはどうすればいいのでしょう?

 

表現って“私事”を“私たち事”に変えていく作業なんだ。もちろん“私事”を書いていいんだけどさ、追求すれば“私たち事”になっていくっていう。母が死んだって話を書くと、「あんたのことだろ」って思われるけど、それをしつこく書いていくと共感されるじゃない。“私たち事”になって広がっていくっていうね。

 

 

けれど、初めから“私たち事”って考えて、「我々は」「人類は」とか言ったらダメ。「私が」って言えばいいんだ。

 

 

前にカシアス・クレイ(モハメド・アリ)のドキュメンタリーを見てたらね、ハーバード大学かなんかに講演に行くってシーンがあってさ、「アリさん、自分の好きな詩を朗読してください」って。アリが詩なんか無理だよ、って思って見てたらば、「Me we」って言ったのよ。世界は二つの言葉で成り立っている。俺、俺たちっていうね。

 

「格好いい!」って思ってさ。忘れないようにメモしたの。世界で最も短くて意味深いし詩だって思ってね。考えてみたら、俺、俺たちっていうのはクリエイターにとって必要なんじゃないの。それ以来、色んなところで言うようにしているね。(取材・文 コエヌマカズユキ)

 

次回へ続きます