【第2回】月子を甲子園へ連れてって 出版甲子園グランプリへの道2016 プロ編集者からの金言

※前回の記事はコチラ

 

「うぅぅ……うぅぅぅ!!」

出版甲子園2016のグランプリを目指す本企画。第2回目の企画会議が行われる前、会場のネコ文壇バー月に吠えるには、綾乃さんのえずく音が響き渡っていた。ぐったりとして元気がない様子だ。

 

心配になって聞いてみると、「ナツミさんに会うのが憂鬱で吐きそうです……」と声を絞り出す。美人で頭が良く、性格も明るいナツミさん(少なくとも綾乃さんにはそう映っている)に、すっかり気おされているようだ。前回の企画会議で、少しは距離が縮まったのかと思ったら、まだまだのようである。

 

そこへナツミさんが登場。

 

ナツミ「こんにちはー、お待たせしました! あ、綾乃ちゃん、久しぶりー、元気にしてた?」

 

綾乃「は、はい……」

 

ナツミ「どう、企画は進んだ? 綾乃ちゃんの発表を聞かせてもらうの、楽しみにしてるね!」

 

綾乃「は、はい!」

 

屈託のないナツミさんと話していると、リバース寸前だった綾乃さんも徐々にリラックスした様子。ようやく笑顔になり、発表の準備を始めた。この二人、仲がいいのか悪いのか分からない……。

目次

ベストセラーを生んだ編集者がゲストに

 

ところで会場には、前回とは違う緊張感が漂っていた。実はこの日の企画会議に、ゲストとしてプロの編集者を招待していたのだ。大人の事情でタイトルは出せないのだが、ベストセラー本をはじめとした、数々の書籍の編集を手掛けているSさんである。

 

この出版甲子園企画の趣旨を説明し、ゲストとして彼女たちの企画を見てもらえないかと打診したところ、快諾してくださったのだ。やがてSさんが到着した。「呼んでくれてありがとうございます。今日はよろしくおねがいしますね!」とさわやかにあいさつ。

 

物柔らかで礼儀正しいSさんだが、それでもにじみ出るプロの編集者のオーラを感じたのか、途端に緊張した様子のJDたち。いよいよ第2回目の企画会議がスタートである。

 

書籍に込めるメッセージは一つだけ

 

先に企画を発表するのは綾乃さんだ。実は、出版甲子園のために彼女が用意した企画は、「あざと可愛い女子」。石原さとみが『失恋ショコラ』というテレビドラマで、この「あざといけど可愛い女子」を演じて以来、たちまち話題になり、急増しているのだという。

 

そんな女子たちの行動や生態を、イラストを交え、図鑑のように紹介する本にしたいそうだ。それを聞いたSさんは大きくうなずく。

 

S「女子大生らしい視点で面白いなと。そもそも、なぜ注目したの?」

 

綾乃「身近にいるんです、自分を可愛く見せることにどん欲な女子たちが。セルフプロデュースを徹底しているところが、私にはない部分だから魅力的に見えるんです。それを扱えたらなと」

 

S「けれど男子からすると、ぶりっ子と同じじゃない? と思われそう」

 

綾乃「ぶりっ子は、意中の人に可愛く見られたくて演出するんです。でも『あざと可愛い女子』は、自分が可愛いことを自覚した上で、好きな人の前じゃなくても可愛く振る舞っているんです」

 

S「なるほど。じゃあ彼女たちは、頭がいいという捉え方もできる?」

 

 

綾乃「はい。計算高い、でも可愛いからにくめないな、っていう」

 

何となくイメージがついてきた、とSさん。企画自体は良いと感想を口にするも、200ページ近い分量がある本で、図鑑のような見せ方だけでは、読者は飽きてしまうのでは、と課題について言及する。

 

単調さを払しょくしつつ、奥行きを出すために、あざと可愛い女子本人にインタビューしたり、男子学生やおじさんたちの視点からはどう映っているのか紹介したりと、多角的な視点から題材を取り上げるのも一つの方法だとSさんは提案。

 

その上で、出版甲子園の基準でもある「売れる本」という視点で考えたとき、今のジャンルは適切なのかと根本的な問題提起を行う。現在の綾乃さんの企画は、ジャンルで言うとサブカル。それよりも実用書の方が売れる確率が高い。ならば、「あざと可愛い女子」のセルフプロデュースが上手な部分に着目し、就活に使うなどの方向性も考えられるという。

 

いずれにせよ、とSさん。

 

S「やりようが色々あるだけに、自分の中で伝えたいことをちゃんと持っておかないと、内容がぶれるかも。あれもこれも詰め込んでしまうと、雑誌みたいになっちゃう。伝えたいメッセージが一つだけあって、それをいろいろな方向から取り上げていくのが書籍の編集なんだ」

 

一番大切なのは、綾乃さんが読者に何を伝えたいか。どういう感想を持ってもらいたいか、読んだ後にどういう気持ちになってほしいか、とSさんは真摯に説いていく。

 

それを聞いた綾乃さんは、先ほどとは正反対の生き生きした表情になり、「そこまで考えてなかったです。好きなことを企画にしただけなので……難しいですねー、でもアドバイス聞いてよかったです!」と、満面の笑みを浮かべたのだった。

 

評価が分かれた「文学」と「卒論」企画

 

続いてナツミさんの企画発表。

 

まず発表したのは、前回の企画会議でも挙げた「こじらせ文学のススメ」だ。偉人のイメージがある夏目漱石や太宰治などの近代文学者も、一般の人々と同じようなしょーもないことで悩み、こじらせていたことを紹介し、親しみやすさを伝えることで、名作を読むきっかけになってほしいというのが企画立案の背景なのだそう。

 

S「ナツミさんは、文学が好きだからこういった企画を立てたの?」

 

ナツミ「はい、大学で近代文学を専攻してるんです。私も根暗でこじらせてるところがあるんですけど、文豪の失敗談や発言で元気づけられてきたので、多くの人に広めたいと思って」

 

S「面白いし、文学者への愛を感じるね。読者が共感できるし、笑うことでポジティブな気持ちになれるのもいい」

 

文豪たちのこじらせ発言に焦点を当てつつも、作品や思想を紹介することで文学の面白さを再発見し、学習的要素もある面白い本になるのでは、Sさん。商品化のイメージが早くも浮かんだようで、「カレンダー形式でも面白いかも」とノリノリだった。

 

二つ目は、インタビュー企画。新宿ゴールデン街で飲んだくれている人々に、「学生時代、卒論で何を書いたか?」を聞いて回ろうという企画だ。ナツミさんは大学4年生。自分自身も卒論の執筆を控えている立場である。大学で学んだことの集大成が表れる卒論にこそ、人の価値観が表れているという視点で、本企画を立てたのだそう。

 

ナツミ「卒論を通じて、一人ひとりが持っているストーリーに迫りたいんです。同時に、大学で何を学べばいいのか分からない人の手掛かりになればいいし、面白い卒論を紹介できれば『トンデモ研究』にもなるかもしれない」

 

ところが一つ目の企画と違い、Sさんはどこか渋い顔。卒論という題材を、学生ならではの説得力がある視点だと評価しつつ、ゴールデン街の人に聞く必然性が分からない、と疑問をぶつける。

 

S「一般の人からすると、『なぜゴールデン街?』となっちゃう。いろんな人が集まっていろいろな人生観のある、っていう面白さを紹介したいのなら、卒論でなくてもいいのでは?」

 

ナツミ「私は月に吠えるがきっかけで、初めてゴールデン街に来たんです。いろんな方が集まって、初対面でも密度の濃い話ができて面白かったのと、せっかく月吠えで(出版甲子園企画を)やるので、ゴールデン街を舞台にしようかと」

 

S「なるほど、気持ちは分かるけどね……」

 

さらに、面白い卒論が集まるか、もネックだとSさんは指摘する。例えばイグ・ノーベル賞という、世の中の役に立たない発明の、受賞作品を集めた本が何冊かある。常人では考え付かない発想や、一見するとバカバカしいことに全精力を注いでいる研究者の姿には、読者の心を揺さぶるものがある。

 

そのため、本としての価値も十分にあるのだ。しかし予定調和でないルポルタージュで、そういう卒論が集まるかといったら、現実的に難しいというのがSさんの見方だ。

 

S「テーマが卒論、ゴールデン街と二つあるから、どっちかに振り切ったほうがいいと思う。例えばゴールデン街という場所に注目しただけで、行きかう人のドラマが立体的に表れてくるよ。質問も一つで良いから、人間の本音や生き様が出るようなことを、100人に聞いて回ると面白くなると思う」

 

ナツミ「分かりました、もう少し考えてみます!」

 

実現したら世界基準のノンフィクション!?

 

続いて三つ目は、「もしもスマートフォンがなかったら」という企画だ。ナツミさんは、実はスマホ中毒なのだそう。一日中スマホをいじって、時間があればSNSをしたり、マンガを読んだりしている。そのため、以前は多くの時間を費やしていた読書も、スマホに触る時間と引き換えにガクンと減ったという。

 

ナツミ「スマホ世代の人は、スマホを持つ前はどんなことに時間を使っていたのか。スマホを持つようになってから何をしなくなったのか、聞いてみたいんです。そこから失われた文化は何かも調査したいです」

 

S「それは社会学のような感じかな?」

 

ナツミ「スタート地点は他人への興味だったんですけど、本として推すのなら、社会学的にも使えるようにした方が評価は高いのかなと」

 

だとしたら、気になる点が二つある、とSさん。まず、スマホは登場してから約10年と歴史が浅く、社会学として論じる題材に値するのか。また、スマホはあくまでもハード。その出現によって、人々の行動は変わっても、内面まで変わっているのか、手掛かりが見つけづらいという。それであれば、とSさんは続ける。

 

S「スマホは音楽や映像や書籍などのソフトを集約させた製品だから、出現によっていろんな産業が影響を受けているよね。個人に与えた影響よりも、どの業界にどれだけ影響を与えたのかを書けたら、世界基準のノンフィクションになりそう。ただ、国レベルのビッグデータが必要で、個人では難しいかもね……」

 

どんどん壮大になっていく企画に、ナツミさんも少々混乱気味の様子。さすがのSさんも、スマホを題材にし、ナツミさんが個人として実現可能で、なおかつ評価されるような企画は何か、この短時間で答えを出すことは難しかったようだ。

 

ナツミ「ありがとうございます、もう少し考えてみます!」

 

そして、2時間30分にも及んだ第二回企画会議は終了した。プロの編集者として、第一線で活躍中のSさんも、JDたちの新鮮な感性には刺激を受けたようだった。

 

S「二人とも発想が捉われていないから面白かった。出版業界にいると、どうしても考えが枠にはまっちゃう。勉強させてもらいました。それで、せっかくだから俺も、こんなものを用意してきたんだ…」

 

不意に、Sさんも企画書を取り出した。もし自分が大学生で、出版甲子園に出場すると仮定して、企画を作ってきたのだという。その内容は「奨学金問題」に関するもの。世間的に評価が低く、就活で有利になるとは思えない大学であっても、高額な奨学金を払って入学する学生がたくさんいる。

 

そして返済のために寝る時間を削って働いたり、何十年も支払い続けたりしている現状を紹介することで、奨学金制度の問題点を明らかにするという企画だ。

 

また、書籍の企画書にはどのような項目を盛り込むべきか、実例を事細かに紹介し、これにはナツミさんも綾乃さんも真剣に聞き入っていた。

 

そしてこの日の企画会議は終了。プロ編集者にアドバイスを受けた二人の企画は、いよいよエントリーを迎える。果たしてどのような結果が待ち受けているのか、罰ゲームはどうなるのか、そしてナツミさんと綾乃さんの間に友情は芽生えるのか……続報に期待してほしい。(文 コエヌマカズユキ)

 

二回目の企画会議を終えて

ナツミさんの感想

プロの編集者の方の企画書は、レベルが違いすぎてちょっとショックでした……。「学生」が書く必然性や説得力がありつつ、人々の関心を惹きつけそうな、社会全体に通ずるテーマ……。早くこのレベルのものを書けるようになりたいです(泣)。

 

あと早く綾乃ちゃんと打ち解けたい(泣)。 いただいたアドバイスを元にさっそく改稿して、まずは一次突破を目指します!

 

綾乃さんの感想

自分の中でぐるぐる考えていたものを、プロの目線から見ていただくのはとても緊張しました。(笑)自分でもどうしようかなと悩んでいた部分が具体化してきて、いろいろと学ぶことが多かったです。

 

まずは一次突破できるように頑張ります! そして、なつみさんのことを次回こそは”なつみ”と呼びたいです……

 

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