【後編】書肆侃侃房・田島安江さんが語る半生・文学・短歌・地方出版社すなわち多くのこと

「新鋭短歌シリーズ」は、第1期は推薦で、それ以降は公募と推薦で成り立っています。出したいという人がいる限りつくり続けたいと思っています。もちろん、その中で売れる人もいれば、売れない人もいます。ほぼ全員が第一歌集であり、新人歌人が多いからです。

 

でもよく考えたら、それがスタートになるんです。「あの人が出してるんだったら私も」と奮起するきっかけになるかもしれませんし、何よりもその人にとっては大事な1冊になるのですから、次に続くような歌集を作っていけたらいいのではないかと考えています。

 

実は短歌はその後発展し、「現代歌人シリーズ」「ユニヴェール」と拡がりを見せています。8月1日には「ねむらない樹」という短歌のムックも出しました。

 

 

以前、歌集を出してほしいなと思った方に声をかけたところ、雑誌を持っていない出版社からは出さないと断られたことがあり、そのことが心に引っかかっていました。そしてもう一つ、今回設けた「笹井宏之賞」の発表媒体が必要との思いもありました。

 

きっと、短歌から詩や小説などの別ジャンルに進む方もいるでしょうし、ひょっとすると文学をやめる方だっているかもしれません。それでも、若いときに夢中になったものは自身の中に蓄積されていくはずです。

 

どんな選択も全ては一つのステップでしかなく、途中で短歌人生を終えるとしても、それは個々人の問題であり、個人の判断にゆだねられます。

 

笹井宏之賞を設けたのも、そのような思いからでした。応募には年齢制限も、第一歌集に限るというルールもありません。受賞した人には歌集の出版が約束されます。

 

言葉の持つ力と可能性

 

短歌に限ったことではありませんが、言葉はその人を癒してくれるものですし、自分の書いたものが自分に返って来て、人が読んでくれて初めて自分自身に気づくことができるのです。

 

笹井さんも闘病しながら作歌を続けてこられましたが、彼の生まれ育った環境がそのまま歌の世界を形づくっています。短歌によって自分と他者のあいだにうまく距離感を築いていたのではないかと思います。不思議と明るい歌が多いのが笹井さんの歌の特徴です。

 

年を重ねるということは、どんどん大事な人を亡くしていくことです。亡くなってしまった人たちの占める位置が大きくなっていきます。今まで一緒に本を作らせていただいた方たちから、そのようなことを感じています。もう忘れなさいという人もいるでしょう。

 

ですが、私自身は強いてそうする必要はないと考えています。ずっと残っていることもあるでしょうし、日常の中で時折思い出すくらいに気持ちが落ち着く日もくるかもしれません。

 

私たちは何かに対して踏みとどまろうとする際、言葉に頼ろうとします。小説でも短歌でもエッセイでも、読むことで心に風が起こります。好きなものは徹底的に吸収してそこを越えていってほしい。

 

人と話をしたり、本を読んだりすることには、それまで知らずにいた自分の引き出しを開けるのと同じ真新しさがあります。あなたが生きてきた証しはあなたにしかわからない、どこから何を始めてもいいのだと伝えていく役割の一端を、出版社は担っているのでしょう。