【前編】書肆侃侃房・田島安江さんが語る半生・文学・短歌・地方出版社すなわち多くのこと

“たべおそ”ができるまで

 

 

「たべるのがおそい」が始まったのは、東京に行く機会が増えたことと短歌がきっかけでした。フラワーしげるさん(西崎憲さん)の歌集を作っているときに、文芸誌の現状をお聞きしたんです。私は文学を読むのは好きでも、業界については疎かったんですね。

 

全員が全員、書いたものが売れたり、雑誌に掲載されたりするわけではありません。担当が代わったなど、些細なことでも掲載のチャンスを逃すことがあるそうです。

 

そのお話をお聞きしたとき、雑誌は無理だけど、書籍コードのムック形式なら文芸誌を作れるかもしれません。考えてみましょう。そんな思いでお互いが意見を出し合って、始めてみることにしました。

 

ほかにも同じような詩の雑誌を制作していますので、その経験も生かせるだろうと思いました。また、書籍コードですと絶版にしない限り、書店がバックナンバーを置いてくれるという利点があります。これらのことから「とにかくやってみよう」という話になりました。

 

タイトルのゆるさがいいでしょう。西崎さんの提案です。「何これ?」と人が興味を持てる、そのうえ「たべおそ」と略すこともできるので親しみやすいと思います。「たべおそ」の編集委員は5人。私以外は東京なので、編集会議はいつも東京でやっています。

 

表紙デザインは片岡好さん。最初は写真を使おうかという案もあったのですが、初めて5人が顔を合わせたとき、見せてもらった絵を皆が一目で気に入り、これで行こうとなりました。文芸誌というとカラフルで、情報が前面に出ている表紙デザインが多いのですが、「たべおそ」は2色刷りのシンプルなものにしています。書店に並んだときには存在感があるのではないでしょうか。

 

コンセプトは3つ。創作と翻訳、そして短歌。とにかく新しいもの、今までにないものを目指しました。

 

また、巻頭エッセイと特集が1つ必ずあることも前提にしています。特集を決めるのが本当に大変で、いつも皆でわーわー言いながら決めています。特集は注目度が高く、大きなウェイトを占めています。「本がなければ生きていけない」も創刊号では特集だったのですが、好評だったのであれはそのまま残すことになりました。

 

今村夏子さんが原稿を書いてくださるとわかったときは、それはもう驚きでした。「たべおそ」はそこから拡まっていったと思います。今村さんは太宰治賞、三島由紀夫賞を受賞されてから執筆依頼が殺到し、それ以来お断りされることも多くなっていたため、もう書かないのではと噂のある方でした。

 

ただ地方の出版社ということもあって、今村さんも気負わずに書いてくださったみたいです。原稿が届いたときはみんな大喜びでした。ざわざわ、ぞくぞくするようなお話を書かれる、天性の何かをお持ちの方なのだと思います。

 

寄稿していただき、しばらくしてからあるとき、日本文学振興会から電話がかかってきました。「今村さんの電話番号を教えてほしい」というのです。私も普段メールでやり取りをしているので、電話での連絡先は知らないと申し上げましたが、それが芥川賞候補になったという連絡だったのです。そのまま芥川賞の選考の際の連絡先を担当するということになりました。

 

昔は同人誌から文学界に掲載されて、そこから候補作になる、ということがあったのは知っていましたが、まさかできたばかりの「たべおそ」でそんなことが起きるとは思ってもみませんでした。

 


その「あひる」という作品を書籍にしたいという思いもありましたが、原稿用紙54枚ではちょっと短すぎるので、もう少し別の作品を足していただいてからにしましょうという話になりました。単行本となり河合隼雄物語賞を受賞したりと、自分の周りで起きているすべてが不思議で、そんなことが起こるものなのかと感慨深かったです。(取材・文 月に吠える通信編集部)

後編に続く