【ひとり出版社Vol.4】よりふさわしいカタチで、表現が届けられる時代になる『編集室屋上』林さやかさん

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現在、一人で立ち上げられた出版社は百数十社に上るらしい。出版の敷居が低くなりつつある今、「編集室屋上」の林さやかさんも、個人で本を刊行している一人だ。

 

「編集室屋上」というユニークな名前を持つこの出版社は、2011年に設立された。先日は作家の壷井栄と夫・壷井繁治による獄中往復書簡集『二人の手紙』を刊行するなど、年に1-2冊のペースで本を作られている。

 

 

西神田の事務所で林さんと1歳半の娘さんに出迎えを受け、ひとりで出版を行うことへのこだわりや、業界への想いなどを伺った。

 

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出版社としてのテーマは決めず、出したいと思った本を作る

 

― まず、「編集室屋上」を始められた経緯を教えていただけますでしょうか。

 

大学卒業後、編集者として出版社で働き始めました。野球の雑誌を主に編集担当するうちに、自分のやっている本の作り方に疑問を持つようになったんです。また、携わった本が大量に発行されても多くの返品があり、知らないうちに断裁されていることが、当たり前のような現状がありました。

 

そのような経験から、本作りのあり方に疑問を持ち、フリーの編集者として独立するため退職。その時期に、出版社を少人数で始められる方達が増えてきたことにも触発されましたね。

 

 

― 会社を設立されて…

 

あ、会社ではないんですよ、法人化していないので。

 

 

― そうなんですね。今後も、法人にはされないのでしょうか。

 

はい。今の規模だったら、法人化する必要はないかなと思っています。名前に「編集室」とつけているのも、出版社みたいに堅苦しい感じにはしたくなかったからなんです。

 

 

― なるほど。出版の際、テーマなどは決められているのでしょうか。

 

特に決めてはいません。私は計画性があまりなくて、その時に面白いと思った方向へ行ってしまうんですね。出版業は、系統やコンセプトがあると宣伝しやすく、本を売りやすいとは思います。しかしテーマを立てた場合、次に出したい本の内容がそれと反していたら出版できませんよね。

 

 

― まず、行動が先になるんですね。

 

そうですね。今まで出した本に、自分の中で出版する理由はいつも持っています。でも、理屈が先に動かないんです。次はこういうジャンルのものを作ろうと思って動き出せない。いいな、と思ったものがあって行動に移せるんです。

 

 

大きい版元では出さないような本を作っていきたい

 

― 今までは、どのような本を出されてきたのでしょうか。

 

歌手の二階堂和美さんのエッセイや、版画家のながさわたかひろさんによる作品集などを刊行しています。他には野球にテーマを絞った『屋上野球』という雑誌もシリーズで出版中です。

 

 

 

― 内容のほかに、本作りにおいてのこだわりはありますか。

 

装丁に関しては、作った本の内容を一番輝かせ、伝わるかたちに導いてくれる人にお願いしたいと思っています。私は本のデザインに携わった経験も、デザイナーの知り合いも少ないです。しかし人に恵まれたこともあり、今まで出した本に関しては、ベストのものを出版できているという自負があります。

 

 

― お一人で運営されていると、融通が利く部分は多いですよね。

 

はい。自分が出したい本を出せるのが、ひとり出版社の良いところですね。たいてい、本の内容は私ひとりで決めています。一人でやるからこそ、大きい版元で出せないような本をあえて作っていきたい。他社で通らなさそうな企画でも、自分が良いと思えば作り始めます。

 

 

― フリーランスと出版業の、収入面の比率はどれくらいですか?

 

仕事にかける時間は半々ですが、フリーの編集としての仕事の方が収入は多いですね。出版業では、赤字にならない程度の部数を発行。もう少し収益を出す方法はあると思いますが、後先のことをまだ考えられていない状況です。

 

年に刊行する点数を決めてしまうと、小規模でやっている意味がなくなるので、出したいと思った時に出版しています。

 

 

― 本の流通は、どのようにされていますか。

 

JRCさんにお願いしています。直取引が可能な書店も多いですが、地方の町の書店などになると直接営業に行けず、直取引が難しいこともあるので。書店側も、取次を通して委託品として仕入れた方が注文をしやすいと思います。本が置かれない書店が出てくるともったいないため、全国に届ける場合は取次にお願いする方が助かるんです。

 

 

― 書店とのやりとりを含め、色々なことをお一人でされる必要があると思うのですが、立ち上げ後、一番大変だったことは何でしょうか。

 

編集者なので、本作りはある程度までできます。しかし今まで経験のなかった営業の面では、今でも苦心している状況です。本が校了になる一番忙しい時期に、本当は同時に新刊の営業もしなければいけない。普通の出版社だと営業担当に任せますが、一人なので私がどちらもする必要があるんです。

 

編集と営業では仕事が違いますね。今はまだ、本がベストの状態で売られていないと思います。私は営業が本当に不得手で、一人で出版業をやることの限界を感じているので、2-3人で役割分担し、運営していくのが理想です。

 


 

出したいものがあれば、誰でも出版に挑戦してみてほしい

 

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― 普段こちらの事務所では、お仕事をされるのでしょうか。

 

今はあまり使っていないですね。ワークショップやイベントをすることもあるし、事務所としてどこかに場所を持っておきたかったのでここを借りました。以前は、「編集者のためのデザイン塾」などを開講。今の編集はパソコン上で完結してしまうことが多いので、色彩やデザイン空間のことなど、みっちり教えていただいたんです。

 

 

― そうだったのですね。林さんは、出版に関することを盛り上げたいという想いがあるのでしょうか。

 

出版業界を盛り上げたい、という気持ちは全然ないんです。ひとり出版社を立ち上げる人や個性的な本屋を開く人など、色々な例が出てきていて、個々のケースには興味があるしおもしろいと思っていますが。業界のことを、一元的には見られないかな。世の中にある全ての本屋というよりは、自分にとって身近な本屋を気にかけたいです。

 

 

― 本を作られる中で、本の役割について何か考えることはありますか。

 

大きな括りでの“本”というものに役割があるとも、本の素晴らしさを残していきたいともあまり思っていません。私は純粋に、面白いと思うものを作りたい。今はそれが、本で届けることがベストだと思っているので出版をしています。

 

たとえば文章であれば同じ内容でも、書体や紙質で受け取り方が違いますよね。ディスプレイや端末が違う度に文章の印象が変わることを、本という体裁であれば避けられる。逆に本ではなく、ネットメディアで広めた方が良いと思う表現ならば、無理に書籍化しなくてもいいと思います。

 

色々なメディアが出てきたことで、今までは本や雑誌が担ってきた部分が淘汰されるというか、情報の棲み分けが起きてくる。これからはそれぞれの表現において、ベストな状態で届けられる時代になるのではないでしょうか。

 

 

― ありがとうございました。最後に、読者へメッセージをお願いできますか。

 

出版ってそれほど難しいことではなくて、ZINEとかミニコミを出すこととあまり変わらないと私は思っています。最近は流通の敷居も低くなってきて、小規模で出版している本に関心を持つ読者も書店も増えている。

 

ですから挑戦してみたい方がいたら、どんどんやってみてください。その方が、素敵な本が増えていくのではないでしょうか。

 

 

林さんは出産後、子育てと並行して本作りを進めている。娘さんも、ニコニコしながら取材に参加してくれた。イベントとして、現在はあみもの作家による「屋上あみもの教室」を開催したり、野球の魅力を語り合う野球倶楽部を実施したりなどしている。

 

出版業界全体のことではなく、自分の身近で気になることに注目し、行動を起こしていくという林さん。出版社という枠組みに縛られず、興味の赴くまま、今後も新たな展開を見せてくれるだろう。編集室屋上の実験は続く。(取材・文 平賀たえ)

 

『編集室屋上』WEBサイト

http://oku-jo.com/