つけまをめぐる冒険!新宿二丁目で作家・山下紘加さんとデートなう♡【後編】

 

当事者ではないからこそ描けるリアル

写真・宇壽山貴久子さん

 

――大多数の人は、本来の性別と違う装いをしたらどうなるか、想像もつかないと思いますが、『クロス』はものすごくリアルで緻密に書かれていると感じました。

 

私はいわゆる”異性愛者”ですが、とはいえ、両性具有的な部分はあると思っています。多分、誰でもあるのではないでしょうか。性同一性障害の方などの「心と体の性が一致しない」という感覚は、当事者でないとわからないと思いますが、異性装をすることで性が傾く感覚は、自分も共感できるというか。

 

だから、主人公の市村が男性にひかれていく過程は、私が初めて体験していく感覚として書きました。 市村が女装をしたことで、男性からの女性軽視に気づけた場面も、こういうことがあるのだろうなという想像から生まれました。

 

当事者ではない私だからこそ書けることもあって、それがこの小説の新しさになっているのではと自負しています。

 

 

――山下さん自身が、主人公の市村になりきったと。

 

はい。誰かモデルがいて、体験談をそのまま書くと、偏ったものになってしまう気がして、共感を得にくいのかなと。誰にでも起こりうる物語を書きたかったし、そういう読み方をしてもらえたらうれしいです。

 

ウィッグねじねじの仕草に圧倒的女子感

 

――二丁目で出会った印象的な人や、何かエピソードはありますか?

 

本当にいろいろな人がいました。遊びで女装をしたら、「可愛い!」って言われたのがうれしくて、女装バーで働くようになった人。女性に振られて、「あいつよりかわいくなってやる!」って女装を始めた人。恋愛対象は女性だけど、ものすごくタイプの男性に言い寄られたら揺れるかもしれない、って本気で恥ずかしがりながら話す人。男性としての自分にコンプレックスがあるけど、女装をしたら自信が持てるという人など。

 

人それぞれですが、共通してると感じたのは、世間で女性らしいとされている仕草や所作を、ほとんどの人が習得していることでした。

 

 

――例えばどのような?

 

座り方とか歩き方とか、グラスを口に運ぶ仕草とかもそうですが、一番印象に残っているのは、ウィッグをかぶっていて、話しながら髪の毛をねじねじしていた人です。

 

 

――確かにすごく女子ですね !

 

その人は十分可愛いし、女の子にしか見えないんです。でも、「ウィッグじゃなくて、地毛で女の子に見られたい。地毛で触角をつくりたい」って言っていて。その場面も、実際に小説に入れました。

 

 

――では、『クロス』を書き進めるうえで、苦労したことを教えてください。

 

物語自体は、最後まで一気に書けたのですが、冒頭がなかなか決まらなくて。改稿を何百回も、もう嫌になるくらい繰り返しました。ある瞬間に、「これしかない!」という文章が書けたんです。

 

 

――冒頭のシーンというと、主人公の市村と、恋人タケオの性行為のシーンですよね。

 

はい。二人が愛し合ってることを、感覚としてわかっているだけでは足りなくて、私も二人に乗り移って、本心から同じ気持ちになる作業が大変でした。描写も、書き過ぎても書かな過ぎても成立しないので、バランスが難しかったです。

 

あとタケオの性癖も、単純に「男が好き」「女が好き」というものではないので、うまく伝えるのが難しかったです。

 

 

わかりやすく、ややこしい性癖

 

――タケオは女装した男性が好きですが、さらに「女装した男性から女性性をはぎ取ろうとして、嫌がられることに興奮する」という、すごくピンポイントな性癖を持っています。

 

はい。明確なのでわかりやすいようであり、一方ですごくややこしいんですよね。実は彼の人物像や性癖のヒントになったのは、とあるSNSに潜入した体験なんです。

 

 

――SNS? それは女装系のでしょうか?

 

はい。女装愛好家が集まる、会員制のSNSです。そこで、女装した男性が好きだという人と知り合ったんです。その人は、「いいなと思った人には、会ったときに私が好きな下着を履いてほしい。見えなくてもいいから」って願望を打ち明けてくれまして。

 

 

――見えなくてもいいなら、履いてても履いてなくても変わらない気が……さっきのウィッグみたいですね。

 

そうなんです。言ってしまえば「変わった性癖」で終わってしまうことなんですが、掘り下げていくとすごくややこしい構造があるという。その話を聞いたときに、タケオはこういう人なのかもしれないって思ったんです。

 

文学研究者の小川公代さんが、タケオの性癖の部分を「一番好きな箇所」って言ってくれたのですが、まさにここが『クロス』の神髄であり、私にとっても特別なので、すごくうれしかったですね。