現代の絶滅危惧種?ある文芸評論家の”書生”をしていた青年の数奇な半生

 

みっちり書いた藁半紙を、ビリビリに

 

その後も街中を歩き回った世希さんは、少しずつ疑問を持てるようになってきた。そうしたら次に第二段階目の仕事が与えられた。今度の仕事は、「研究社の英和辞典を書き写してこい」というもの。

 

藁半紙を半分にし、★と★★と★★★と♦の印がついてる単語全部について、左に英文を、右に訳文を書いてこい、という。

 

「先生、これをやるには2か月くらいはかかりますけど」と世希さんが言うと、「僕だったら1週間でやっちゃうね」「それくらいのスピードでやらなきゃ僕の仕事はできない。」

 

師匠にそう言われ、それじゃあやるしかないと思った世希さんは、睡眠時間を削ってその作業に取り組んだ。師匠から「時計を見ちゃいけない」「布団で寝ちゃいけない」という条件を付けられていたので、それも守ってやった。

 

「僕なんかやるときはポテトチップスを置いといて、それをかじりながらやるよね」と言った師匠の言葉を真に受け、ほんとうに世希さんもポテトチップスをかじりながらやった。

 

1か月後。藁半紙の裏と表、みっちりと書いて、360枚。へとへとになりながらもやり遂げた。世希さんは感動を覚えながら師匠に見せに行った。

 

師匠は肘をついて煙草をぷかぷかさせていたが、顎を少しあげて、言った。「よくやった」

 

そして「よくやったけど、僕は1週間って言ったから」「もう一回やったら縮まる」そしてその場で藁半紙をびりびりに破いてしまった。

 

もう一度同じ仕事をしなくてはならなくなった世希さんは、またも無我夢中でやった。そうしたら、1回目には1か月かかったものが、2回目には2週間で完成した。そして1回目ほどはへとへとにならなかった。

 

師匠に出来上がったものを持って行った。「よくやった」「もう一回やれば1週間でできる」またもや藁半紙はびりびりに破かれてしまった。

 

さすがに世希さんは「せっかくやったものをなんで破いちゃうんですか?」と思わず言った。そうすると師匠は「自分の完成品だと思って、それに喜びを覚えちゃいけな~い」と言って、やはりにやにやと笑っていた。3回目の挑戦で、世希さんはその仕事を8日半でやりきった。

 

 

離れてから初めて繋がった師匠の言葉たち

 

そんな生活は10年間続いた。世希さんが28歳で大学に受かり、師匠から与えられていたマンションの部屋を出たことで終結となる。

 

同じところに居続けずに巣立っていかなくてはいけないと、世希さんは師匠とそれ以降はあまり接触を持たず、昨年師匠は鬼籍に入る。

 

喫茶店で師匠の話を浴びるように聴いていたときは師匠の話の意味がわからなかった世希さんだが、師匠から離れた後、浴びせられた言葉のひとつひとつが世希さんの中で繋がりはじめ、咀嚼出来るようになっていった。

 

現在、世希さんは自宅で学問所を開いている。お蚕さんのように囲われて、知識の桑の葉を浴びるように与えられていた青年は、時を超えてその葉を咀嚼し、知識の糸を繋いでいる。(取材・文 めるし)