【エピソード2】壁一面に本棚のあるゲストハウス 旅人たちそれぞれの物語

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クスクスが食べたい男性

 

世界中を旅して、「おいしい!」を連発してきた私。その言葉の持つあたたかさ、喜びを忘れずに、これからも旅を続けよう。

『やっぱり食べに行こう。(著:原田マハ)』より

 

恐る恐る、といった風に入ってきた中年の男性が、カウンターの隅に腰掛けた。作業着らしき服を着ている。仕事終わりだろうか。長い間険しい顔でメニューとにらめっこしている。「ご注文はお決まりですか?」と声をかけにいくと、「クスクスはありませんか?」と聞かれた。

 

クスクス。穀物のような小粒のパスタの一種。うちで出しているクスクスは、鶏肉を炒め、季節の野菜と一緒にトマトベースで煮込む。チュニジアの調味料、ハリッサやカレー粉でスパイシーにしあげた煮込みと一緒に出している。

 

コロナ前はグランドメニューとして出していたというが、わたしがpiseで働くようになってからは期間限定で時たま出すのみだ。今ないんですよ、と言うと、「あぁそうなんですね」と明らかに落胆した様子。

 

そんなにクスクスが食べたいなんて。よっぽど好きなのかな。話を聞いてみると、数日前に読んだ本にクスクスが出てきたという。見たことも聞いたこともない異国の料理。どうしても気になって、いてもたってもいられずクスクスが食べられるお店を調べたらpiseが出てきたそうだ。

 

そんな話を聞いたら、この人にぜひ食べて欲しくなってしまった。煮込みは仕込んでいないが、クスクス自体はある。グリーンカレーをかける? 合うかな、どうだろう……。とりあえず厨房にいるオーナーに事情を話に行く。

 

「グリーンカレーには合わないと思うな、ちょっと待って」オーナーは冷蔵庫の中をあれこれ確認してから、お客さんに声をかけにいった。「ちょっとお時間いただきますけど、作ります。お待ちください。」しばらくして、いつものトマトベースのクスクスが出てきた。「なるほど、こういう味なんですね。いやぁ、食べられて良かった。」満足げに出ていく後ろ姿を見て、私まで嬉しくなった。

 

本に出てきた料理が食べたくて、仕事終わりにはじめて行くお店に入る。豊かだなぁ。なんて本だったのか聞けば良かった。その時食べたいものを、「いつか食べてみたいな」で終わらせずに、熱があるうちに食べる。そういう勢いを大事にしたい。

 

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