映画パンフレットという相棒 500冊集めたコレクターの私が思う魅力

③細い目(2004年/マレーシア)

税込800円

 

『細い目』は、2009年7月25日に51歳の若さで亡くなったマレーシアの伝説的監督、ヤスミン・アフマドの劇場用長編映画デビュー作である。本国では2005年に公開され、東京国際映画祭最優秀アジア映画賞を受賞し、2019年に初めて日本で劇場公開された。パンフレットではマレーシアという国の置かれている厳しい状況や、作品の文化的背景が解説されている。

 

多民族国家であるマレーシアには、マレー系、中国系、インド系などさまざまなルーツの民族が暮らしているが、本作の制作時には民族間の溝が深く、マレー系と中国系同士の恋愛はタブーだった。『細い目』という題は、中国系の目をからかうマレーシアの言い方からとられている。

 

それでも、本作の公開後「細い目」という言葉が、「目が細くてチャーミング」という意味でも用いられるようになったという。映画という虚構には、現実を変えていく力がある。思えば、届く。今は亡きヤスミン監督の優しさと冷静さが、この時代の不寛容さえも変えていくのかもしれない。

 

『細い目』は、マレー系の少女オーキッドと中国系の少年ジェイソンのラブストーリーだ。設定や舞台背景だけ見ると、『ロミオとジュリエット』のように、愛し合っている二人の間に障害があり、なかなか報われないストーリーを連想するかもしれない。けれど実際は、二人の間に流れる柔らかな空気と、批判に負けない想いの強さを描いている作品だと、私は感じた。

 

オーキッドはジェイソンのことを、大好きな金城武に似ていると言う。「細い目」をしたジェイソンと金城武は、実際は似ていないのかもしれない。けれど、オーキッドは自分の感性でジェイソンを見つめている。

 

自らの感性を大事にし、他者の感性を尊重すればするほど、実は私たちの間に横たわる「わかり合えなさ」が顕在化するのだろう。ムスリムのオーキッドは、中華料理店にぶら下がる豚肉には眉をひそめるし、ジェイソンはオーキッドの母とお手伝いさんが対等に口をきくのに慣れない。それでも、『細い目』はわかり合えなさを前提にしながら、ちょっとした会話や小さな出来事が互いの心を開いていく様を瑞々しく鮮やかに描いている。

 

 

わが子の欠点は承知です
いい子だからではなく わが子だから愛する。
あの子を裁く権利があるのは私だけ
愛する者だけが裁けるのだから

 

冒頭、インドの詩人ラビンドラナート・タゴールの詩を、ジェイソンと母親が読んでいる。

 

 

「不思議ね。文化も言葉も違うのに、心の中が伝わってくる」

 

映画のなかで、オーキッドとジェイソンが恋に落ち、ジェイソンたちがインドの詩人の詩を読んだように、日本にいて、マレーシアで暮らしたことのない私の心にも、ヤスミン監督の心の中が伝わってくるような作品だ。パンフレットはオーキッドたちの考えや心の根源に触れるような、深い洞察で私を映画の芯の部分へと導いてくれる。

 

終わりに

 

世界中のどの劇場でも、パンフレットを買うことができるわけではない。海外では『ベン・ハー』などの超大作でパンフレットがつくられたというが、それも大昔のこと。『ティファニーで朝食を』でオードリー・ヘプバーン演じるホリーが手に持つクロワッサンのように、映画館ではパンフレットを片手に鑑賞する。これは日本独自で、今後も続いていくであろう映画文化なのだ。

 

私の人生において、かけがえのない映画は、もう劇場で観られないかもしれない。配信にも上がっていなければ、DVDも発売されていないこともある。一期一会で、観たいときに観に行かないと、永遠に失われてしまう映画体験がある。

 

だからこそ、劇場で素晴らしい作品と出会えたら、パンフレットを買って、じっくりと向き合ってはどうだろう。パンフレットがあれば、映画の内容を反芻しつつ、解説を読み返すことで理解が深まっていく。ページをめくるたびにあの感動がよみがえり、劇場で観たことが特別な思い出になるのだ。(文・のどか)

 

参考文献

日本にしかない貴重な文化遺産、映画パンフレットの歴史とは

https://www.huffingtonpost.jp/hotaka-sugimoto/movie-pamphlet_a_23587789