檸檬がドカン、猫の耳をパチン…拗らせ文豪・梶井基次郎の魅力

唐突だが、皆さんは拗(こじ)らせていた時期があるだろうか。

 

拗らせといっても、その範囲はかわいい拗らせからドン引きしてしまう拗らせまで様々だろう。例えば、お母さんの化粧道具を勝手に借りて真っ赤なルージュを塗りたくったり、制服をちょん切ってスカートの丈を思いっきり短くしてみたり……これらは、思春期特有の中二病のようなかわいい拗らせであると思う。

 

では、本屋の書物の上に、爆弾に見立てた檸檬を置いて、大爆発することを想像し、ほくそ笑んでいる男がいたらどう思うだろう。実はこの男、梶井基次郎の『檸檬』に出てくる登場人物である。

 

 

私は、本作の奇妙な内容に飛びつき、梶井氏の心理を理解してみたいと思って、彼の著作を読み漁った。すると、梶井氏自身もドン引きしてしまうほどの拗らせであることが分かった。

 

今回、『檸檬』と『愛撫』を題材に、彼の拗らせっぷりを紹介したい。まず、『檸檬』の あらすじを簡潔に説明する。

 

*

 

物語には焦燥感や嫌悪感に苛まれている一人の男が登場する。街を放浪していた彼は、果物屋に陳列されていた檸檬に心奪われ、憂鬱な気分から解放される。

 

しかし、いつもは避けていた丸善本店に立ち寄ったことにより、幸福感が失われてしまう。再び憂鬱に襲われた彼は、本を荒らして無造作に積み上げ、その頂きに檸檬を置いた。そして、この本の山が崩れ、本屋が大爆発することを想像しながら店をあとにする……という話だ。

 

この作品の面白さは、まず檸檬に対する愛情表現が豊かなところだ。男が檸檬の冷たさや重さに興奮し、匂いを何回も嗅ぐなど、子供のようにはしゃいでいる姿が描かれている。

 

次に、男が自分の内面を俯瞰して見ている描写が多く、心理状態や妄想がありありと伝わるところである。もしこの小説を絵で表すとしたら、フェリックス・ヴァロットンのようなシュールで暗い作品が出来上がるのではないだろうか。

 

フェリックス・ヴァロットン(Félix Vallotton) 日本の版画や浮世絵に影響を受けており、平面的な図が特徴。ナビ派の画家。

 

 死と同居する不安

 

梶井基次郎の生涯は短く、結核に罹り31歳という若さで亡くなっている。19歳で結核を発症してからは、療養を繰り返していた。感覚的で繊細な性格を持ち合わせていたため、気分の浮き沈みが激しかったようだ。

 

死という恐怖に対峙する日々の中で、繊細な面も持ち合わせていた彼は、人一倍自分や自意識に向き合わざるを得なかったのではないか。そして行き過ぎた自意識が、梶井氏特有のユーモアさと結びついて、この作品が出来上がったのだと思う。

 

 

ところで、丸善といえば今でも続く老舗の本屋さんだが、ここには梶井基次郎自身もよく通っていた場所だったようだ。彼は文学や音楽好きで、よく授業をさぼっていたという。

 

芸術作品には、作り手の人生が込められているものだ。授業をすっぽかすほど夢中になってしまうのは、病に侵された現実世界から逃避したいという思いや、桃源郷への憧れがあったからなのかもしれない。