酌婦や商人の声を文学にし続けた
―お札になったり、学校の教科書に作品が載っていたりと、知名度が高い一葉ですが、彼女の作品が広く読まれている理由は何があると思われますか。
例えば「にごりえ」(1895年)の主人公はお力という酌婦ですが、一葉が晩年を過ごした本郷丸山福山町の住居のすぐ隣には、お力のモデルになった女性がいる銘酒屋があり、その家の看板には「御料理仕出し云々」という文字が一葉の千蔭流の筆で記されていたそうです。
当時はお力のような酌婦や商いをしている人は、世間からあまり目を向けられていなかったんですね。
でも一葉は彼ら彼女らを見つめて、その生活ぶりを作品に描いたからここまで読み継がれているのだと思います。しかも当時は女性の職業作家がいなかった時代ですから、自然と注目を集めたのでしょう。
― 世間にあまり知られていない一葉の一面や、エピソードは何かありますでしょうか。趣味とか、友達とどういうことをしていたとか…
父の死後は残った借金の返済をするため、華やかな遊びなどは楽しめなかったようです。唯一、次兄虎之助作の紅入れなどが残っており、記念館でも展示しています。
作家の平田禿木(ひらたとくぼく)は一葉没後、「女史の貧を強調する者もあるが、女史は決してその中に埋れて、気を腐らしてしまった人ではない」と一葉を偲んでいます。下谷龍泉寺町のお店では、一葉と妹のくに(邦子)がまめまめしく客をあしらい、吉原通いの客が立ち寄るにぎやかな様子も見られたそうです。
あとは「食」のエピソードですと、おしるこのエピソードですかね。桃水のお家に雪の日に尋ねていった時に、「寒いでしょ」って言って、彼がおしるこを出してくれたことが日記にも綴られています。それは一葉にとって大切な思い出だったと思います。
― 今年は一葉を主役とした戯曲が2本上演されますが、彼女が起用されていることについてどう思われますか。
樋口一葉という人物について色々と知ってもらえて、とても嬉しいです。以前「頭痛肩こり樋口一葉」を観に行ったのですが、コミカルで見やすく、伝わりやすい内容でした。
一葉をあまり知らない人が見ても、彼女のことを知ってもらえるきっかけになるのではないでしょうか。公演を見て一葉記念館に足を運んでくれた方もいるようです。
― ありがとうございました。最後に読者へメッセージを頂けますでしょうか。
自分と同じ世代の一葉の人生を、そして知らなかった彼女の一面を、一葉記念館に来て発見してもらえたら嬉しいです。一葉の生き方を知ることで、自分のことについても客観的に考え、新たな視点で自分を視るきっかけになってもらえればと思います。
こちらでは各種催し物も随時開催していますし、3月からは【春の錦絵展「吉原の櫻」】、4月からは【企画展 樋口一葉の芸術小説〜「うもれ木」に見る陶芸の世界〜】も予定していますので、この機会にぜひ足を運んで頂ければと思います。
逆境をバネにした一葉の人生
貧困に苦労した一葉。日記からは遊んだ記述もあまり見受けられず、彼女は自分の暮らしを見つめ、ただその時代を書き続けた。作品に出てくる女性の描写は、女の一葉であるからこそ書けたのかもしれない。
当時であれば顔をしかめられる内容のものもあったのだろう。でも敢えて、彼女は書いた。作品の発表は彼女にとって、世間に向けて挑戦状を叩き付けるようなものだったのかもしれない。
今は女性の社会進出も進み、彼女達はあらゆる分野で活躍が期待される。一葉はその先駆者だったのだろう。今の時代にこそ、彼女のすごさが伝わってくる。(取材・文 平賀たえ)
台東区立一葉記念館
住所:東京都台東区竜泉3-18-4
アクセス:東京メトロ日比谷線「三ノ輪」駅1b出口より徒歩10分
開館時間:午前9時〜午後4時30分(入館は4時まで)
休館日:毎週月曜日(月曜が祝日の場合は翌日)
入館料:大人300円、小中高生200円
TEL: 03-3873-0004
WEBサイト:http://www.taitocity.net/taito/ichiyo