『獲物山』サバイバル登山家・服部文祥さん 常識を鵜呑みにする奴とは付き合わない

 

「絶対に達成したいこと」という質問に嫌悪感

 

「獲物山」では、一歩間違えれば死に結びつくような出来事も、さらっと描写されている。進むのは一般山道ではなく、あえて危険な岩石で形成された急斜面。幾度もある野生動物との遭遇。集中力を欠いて臨めば、命がいくらあっても足りないであろう。それでもサバイバル登山を続けている理由を、服部さんは「楽しいから」と説明する。

 

「サバイバル登山はアルパインクライミングなどと違い、人間の限界に挑むような高いリスクを想定していません。生死にも関わらないですし、身心の疲労もそれほどではないです。子供の頃憧れた、秘密基地(野宿)、焚き火、獲物という要素で西部劇のような旅を続けていきます」

 

確かに、しとめた鹿や魚と一緒に移る服部さんの顔には、少年のような無邪気さが感じられる。では今後、サバイバル登山を通して、絶対に達成したいことはあるのだろうか。その問いに対して、服部さんは「ない」と切り捨て、不快感をあらわにした。

 

「まず『絶対』という概念は、現代物理学の根幹を為す量子力学とは相容れない気がします。絶対に達成したいと思って実現できることは、本当に絶対に達成したいことなのか。絶対に達成したいと思って達成できなかったら、そのとき前提の『絶対』はいったいどう扱えばいいのか? 絶対なのに達成できなかったら死ぬ? 『絶対に達成したいこと』という言葉に嫌悪を感じます」

 

我々が「絶対」という言葉の重みをあまり意識せず、せいぜい「強調」の意味合いで使っていたことを痛感させられた。何気ない言葉の一つひとつも、必ず自身のフィルターを通過させて受け止める、服部さんの感受性が垣間見えた。

 

サバイバル登山で身についた唯一無二の思考

 

このように、常識を疑い、自分だけの道を突き進むスタンスは、サバイバル登山を通じて身についたという。

 

「自分で判断して行動した結果でなければ、成功であれば手応えがないですし、失敗(死)であれば納得できない。常識を疑うというよりは、1から自分で考えているだけで、それは登山で身につきました。自分の判断が最終的に常識と同じになることも多い、というかほとんどです」

 

著書の中でも、「地球がすべて人間のものだと思っている奴と、常識を鵜呑みにする奴とは付き合わない」といった言葉がある。サバイバル登山への挑戦や、文明のカラクリに疑問を感じることも、常識とは別次元で物事を考える姿勢が根底にあるからなのだろう。

 

世間では、服部さんの野性的かつ奇抜ともいえる登山スタイルがフィーチャーされるが、常識をグラつかせる哲学的な考えが最も興味深かった。サバイバル登山家として、ひとりの表現者として、発信を続けていく服部さん。記事では語り尽くせない、彼の生き様や狩猟のリアルな記録が「獲物山」には詰まっている(文 田中一成)。