すべての女性に自由と平等を ベアテ・シロタが日本国憲法に刻んだもの

ベアテは改憲に何を思うか?

女性たちの自由と権利を守ることに生涯をささげてきた。

 

GHQの民政局員の仕事を終え、ベアテは日本をはじめとしたアジアの優れた文化をアメリカに発信する事業に従事する。世界各国を飛び回り、現地の人々と交流を深めながら、68歳まで舞台芸術部長を勤め上げた。彼女の企画した舞台は、150万もの観客を動員することに成功した。

 

晩年、ベアテは何度も日本へ訪れることとなる。日本国憲法についての講演依頼を日本各地から受けるようになったのだ。ベアテの娘・ニコルは、日本国憲法にかかわり続けることをベアテが大変喜んでいたと語る。仕事を引退したベアテにとって第二の人生が始まったのだ。

 

そして2012年、ベアテはすい臓がんでこの世を去る。亡くなる10日前、病の床でベアテはニコルの補助を受けながら、日本国憲法について朝日新聞の電話インタビューに答えている。ニコルは、病により衰弱しきった母にこのような力が残っていたことを大変驚き、最後の力を振り絞って、日本の憲法を守るためにインタビューに臨んだと証言している。

 

ベアテにとって印象深い日本での講演があった。それは女性の権利についての講演会で、聴衆もほとんどが女性であった。そこで、ベアテが削られてしまった条文について語ると、何人もの女性たちが立ち上がったのだ。

 

「私は今、非嫡出子の問題で裁判を起こしています。ベアテさんが書いた条文が憲法に残っていれば……」

 

ベアテは「この女性たちの話を聞いて、私は47年前のあのとき、ケーディス大佐にもっと泣いてでも抗議し、ねばるべきではなかったか、とふと後悔した」と語っている。

 

ではここで、現行の日本国憲法に『女性』という言葉が何回でてくるか数えてみてほしい。ベアテが何としてでも守りたかった女性の権利、母親たちの権利、娘たちの権利がいかに反映されているか。答えは0である。

 

2021年現在、現与党は改憲への意欲を見せている。もし改憲が行われるとしたら、必ず国民の意見が尊重されねばならない。そしてこの国の国民の半分は女性である(正確に言えば半分以上だ)。もしベアテが生きていたのなら、改憲は女性の声を取り入れるチャンスだと考えるに違いない。

 

彼女にはこのような信念がある。「(さまざまな国をまわり)文化的には異なるけれど、どこの国も女性も思っていることは同じだということだ。(中略)子どもの将来を考えればどんな女性だって平和を切望している。家庭を守るには絶対に平和が必要だからだ。私は、世界中の女性が手をつなげば、平和な世の中にできるはずだと思っている。地球上の半分は女性なのだから。その女性たちのパワーを集めることが大事だと思う」

 

憲法は、国民が政府を監視する最高法規である。どんなジェンダーを生きる人も、日本国憲法の下で生きる以上、国に政府に何を守ってほしいのかを、この非常事態のなかで、我々国民が主体的に熟考していくべきではないか。

 

そして日本国憲法について考えるとき、今一度ひとりの女性の存在を思い出してほしい。日本女性の権利向上のために尽力し、死の間際にも日本国憲法のために力をふり絞ったベアテ・シロタという女性がいたことを。 (文・遠藤希林)

 

 

参考図書

1945年のクリスマス 日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝 (朝日文庫)』ベアテ・シロタ・ゴードン著

ベアテ・シロタと日本国憲法 父と娘の物語(岩波ブックレット)』ナスリーン・アジミ/ミッシェル・ワッセルマン著

冬の蕾 ベアテ・シロタと女性の権利(岩波現代文庫)』樹村みのり著

※本記事の写真はすべて「日本国憲法第9条にかける私の想い」からお借りしました