すべての女性に自由と平等を ベアテ・シロタが日本国憲法に刻んだもの

極秘任務……こっそりジープで図書館をめぐる

GHQの同僚と一緒に映るベアテさん。

 

民政局員はロースクール出身者が多く、弁護士・大学教授・行政経験者が集まっていた。そのなかでベアテは、人権条項の執筆チームに配属される。このときベアテは22歳、人権条項担当チームの中で唯一の女性であった。

 

まずベアテは、焼け野原の東京に残された図書館に片っ端からジープで乗り込んだ。世界各国の憲法を収集するためだ。憲法草案作成は極秘任務である。一か所でGHQの人間がまとめて憲法の本を借りると怪しまれるので、いくつかの図書館で分散して本を借りた。世界中の憲法資料を集めてまわったベアテは、民政局のなかでたちまちその能力を認められたという。

 

ベアテが参考にしたのはワイマール憲法、ポーランド憲法、ソ連憲法、スカンジナビア諸国の憲法。持ち前の語学力を駆使して人権条項、とりわけ女性にとって良いと思われるものは全て抜き取りメモをした。

 

彼女が書いた条文のなかで、最も現日本国憲法に反映されたのは第18条である。

 

 

第18条 家庭は、人間社会の基礎であり、その伝統は、善きにつけ悪しきにつけ、国全体に浸透する。それゆえ、婚姻及び家庭は法律の保護を受ける。婚姻及び家庭は、両性が法的にも社会的にも平等であることは争う余地のないこと、親の強制ではなく相互の合意に基づくものであること、ならびに男性の支配ではなく両性の協力に基づくものであることを、ここに定める。

これらの原理に反する法律は廃止され、それに代わって、配偶者の選択、財産権、相続、本居の選択、離婚並びに婚姻および家庭に関するその他の事項を、個人の尊厳と両性の本質的平等の見地に立って定める法律が制定されるべきである

 

さらに日本の生活を体験した彼女にしか書けない、女性労働者の母体の保護と、非嫡出子差別について明快に回答したのが以下の条文だ。

 

 

第19条 妊婦及び乳児の保育に当たっている母親は、既婚であると否とを問わず、国の保護及び彼女たちが必要とする公の扶助を受けるものとする。嫡出でない子は、法律上不利益に取り扱われてはならず、その身体的、知的及び社会的成長について、嫡出の子と同一の権利と機会を与えられるものとする。

 

かつて母たちからたびたび耳にしてきた、「お妾さん(いわゆる愛人)」や「非嫡出子(愛人との間にできた子ども)」の問題。歪な男女のパワーバランスを、何とか憲法で均一化できないかと懸命になった跡がよく見える。

 

養子に関しては、夫婦二人の合意がなければならないという文言を入れている。ほかにも、長男の単独相続権の廃止や男女同一賃金の規定、子どもの医療費の無償化や女性・子どもを含む社会的弱者への特別な保護を謳った条文も印象的だ。

 

あらゆる女性が求めていた権利を憲法に

新しい憲法の制定会議の様子。

 

だが、憲法草案にはGHQ運営委員のチェックが入る。運営委員陸軍のケーディス大佐は、ベアテの作った草案をことごとく削っていった。なぜなら彼は、憲法はできるだけ端的に基本的権利を書くだけでよいと考えていたのだ。詳細は憲法をもとに、政府が民法を定めるときに決めていけばよいのだと。

 

一方ベアテは、男性的な日本政治では、民法をつくるのも男性ばかりだと危惧していた。官僚的な男性たちは女性や子どもの権利になど興味がなく、民法も女性や子どもに寄り添ったものはつくられないと予想していた。憲法に明記せねば、日本女性の権利は守られないと考えたのだ。

 

激論は続いたが、結局ほとんどの条案が削られることとなった。細部がほかの条文とまとめられたものもあるが、大きく残ったのは、第24条として採用された、前述の第18条のみである。

 

 

日本国憲法第24条

婚姻は、両性の合意にのみ基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならない。配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

 

この24条でさえも、日本政府は全文削除を要求してきた。来たる日本政府との会合で通訳として同席していたベアテは、日本政府側がこう語るのを聞いている。

 

「女性の権利の問題だが、日本には、女性が男性と同じ権利をもつ土壌はない。日本女性には適さない条文が目立つ」

 

ベアテにとって見過ごせない言葉であった。それを押しとどめたのが、ベアテの草案をことごとくカットしたケーディス大佐だ。

 

「日本女性に参政権を与えたマッカーサー元帥は女性解放を望んでいる。そしてこの条文は連日通訳としてサポートしてくれているベアテ・シロタが書いたのですよ」

 

のちにベアテはこう語る。

 

「実際、この憲法草案に携わったGHQのアメリカ人ですら、女性への理解者ではなかった。その分私が頑張らなければならないと思ったが、力不足がつけとして今日まで残っている」

 

当時、両性の本質的平等は、合衆国憲法にも書かれていない画期的な事項であった。ベアテが日本国憲法に記そうとしたものは確かに新しく、そして世界中の女性たちが求めていた権利だったといえるだろう。