失われた7年間を求めて ~都合のいい女だとわかっているけど~

 

そして堕胎手術の当日。手術を受けるには、功一と深雪それぞれが、同意書に署名・捺印する必要がある。だが、病院に来た功一は、ハンコを忘れたと気まずそうに言った。それを聞いた瞬間、深雪のなかで何かが弾け、気づけば号泣していた。

 

「最後までこの人はこんななんだ、いい加減にしてよ、って思ったら、何もかも嫌になっちゃったんです。手術をする怖さとか、おろすことの負い目とか、功一との関係が終わってしまう喪失感とかで、気持ちが張り詰めてたのが、一気に決壊しましたね。ほかの妊婦さんたちは見てみないふりをしてました(苦笑)」

 

手術が終わった後、二人は短い言葉を交わしただけで、別れた。それきり、連絡を取り合うことはなくなった。借金の分と手術費用は、口座に振り込まれていた。これまで、自分のためにお金を使う機会があまりなかった深雪は、海外旅行にでも行こうと考えたが、もう一度福祉学校へ通う費用に充てた。

 

「功一を見返してやりたい、っていう思いでしたね。学校を辞めてしまったことがずっと負い目になってたので、卒業すれば自信になるかなと。あとは手に職をつけて、万が一また妊娠することがあっても、ひとりで子どもを育てられるように、経済的に自立したい思いもありました」

 

昼は会社で働き、夜は定時制の学校に通う。課題も多く、時間的にも肉体的にも楽ではなかったが、いつか電車に飛び込もうとしたときの辛さを思うと、乗り越えられた。むしろ、何て楽しくて日々が充実しているのだろう、と思えた。

 

そして4年後、学校を無事に卒業し、深雪は晴れて介護施設に転職。職場環境の変化や慣れない業務に、戸惑うこともあったが、前向きでいられた。深雪は、強くなっていた。新しい彼氏もできた。4つ年上で、深雪のことを尊重してくれる、穏やかな性格の人だ。彼は、深雪にこんな贈り物もくれた。

 

「私、これまで功一に褒められたことがなかったんです。でも新しい彼は、褒めてくれる。その洋服似合ってるねとか、仕事忙しそうだけど頑張ってるねとか、何気ないことでも、私にはすごくうれしい。これまで知らなかったよろこびを教えてくれました」

 

彼と結婚したいと深雪は思っている。振り返ると、功一のときは、そばにいさせてほしい、すがりつきたい、という不安定な思いが、「結婚したい」に変換されていた。今は、安定した穏やかな気持ちで、そう思えている。今の彼ともっと早く出会えていれば、と考えることもあるが、功一と過ごした日々も後悔していない。少しだけ強くなれたのは、彼のおかげでもあると思っている。

 

最近、功一から突然、フェイスブックで「元気?」とメッセージが届いた。別れた際、友達から削除していたが、今になって何だろうと思い、返事をする。何度かのやり取りの後、「近くにいるから来れば」と送られてきた。どういう意味か尋ねると、「想像にお任せします」という返事。風のうわさで、功一は結婚したと聞いていたが、本当に懲りない男だと深雪は呆れかえった。

 

「好きっていう感情も未練も全くないし、誘われても心は無でしたね(笑)。当たり前ですけど断りました。それで、こう言ってやったんです。『あなたのおかげで、私はなりたかった職業になれたんだよ』って」

 

もちろん嫌味だったが、功一は気づく様子がなく、「えー、何それ?」と返事が来た。深雪は、改めて思った。こんな男と別れて本当によかった、と。(取材・文 コエヌマカズユキ)

 

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